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ドクン

今、私に心臓の音が聞こえる。

平静を装っても、その人を見るだけで、ドクドクと音が血流が波打つように変わっていく。

その人が隣りにいる人に楽しそうに笑いかけるその瞬間に氷結していた私の心は溶けて、頰に熱が集まり、思わず下を向いてしまった。

足元の靴を見ていても胸の鼓動は止まらない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

親友の芽以ちゃんが廊下をパタパタと小走りに走ってきて教室の扉を開ける音がする。

「綾〜、教室にあったよ、忘れ物」

私は教室の端の窓から外を見ていたが親友が近づいてきても仲間とハイタッチをしている人物から目を離せずにいた。

「ねえ、忘れ物」
そんな事を言いながら、私の視線の先を追うようにすると親友はニヤリと表情を変えた。

「鈴木先輩かー、新入生の綾を助けてくれたんだよね」

改めて言われると、私の心臓の音がドクンと飛び跳ねる。

そう、私の視線の先にはグラウンドがあり陸上部の練習風景が広がっていた。

その中で目が離せずにいる人は一歳年上の陸上部のエースの鈴木翔先輩だった。

「芽以ちゃん、小声でお願いします」
私が親友に視線を移すと、

「綾ってポーカーフェイスだけど、付き合い長いと心の声がダダ漏れなんだよね、恥ずかしがっちゃって」
はあと大げさにため息をついた芽以ちゃんは、ニヤニヤをやめない。

「鈴木先輩を見るために放課後の空き教室を探して見てるなんて健気、うちの学校広いから良かったよね」

「うん、おかげで色々な角度から鈴木先輩が見れるから、それに基づいて今は観察してる」

私がそう呟くと親友の芽以ちゃんは表情を強張らせて、冷や汗を流している。


「綾、ストーカー気質なんじゃ」
視線を横に流しながら細い声で親友は小声で呟いたように感じた。



ーーーーーーー 一年前の帰り道 ーーーーーーーー

高校生になったばかりの頃の帰り道、桜の並木道を歩きながら、隣りにいる親友の芽以ちゃんに話しかける。

「芽以ちゃん、私ね一昨日お礼を言って、助けてくれた鈴木先輩に挨拶したの。でも、顔が見れないの。見ようとしても顔がこわばって」
私はぎゅっとする心臓に拳を当てていた。

「もしかしたら、病気かもしれない」

親友は何か言おうとしているが戸惑っているようにしていたが、意を決したように

「綾、えーと、初恋なの?」

私が首を傾げていると、

「恋、だから恋よ!」

親友の芽以ちゃんの声がだんだんと大きくなる。

「はあ、だめだこの子は」
親友はやれやれと首を振って、

「で、どんな症状なの」
と訊いてくれた。

「う、うん。あのね、鈴木先輩を見ていると胸がムズムズとして、ぎゅっとなって、鼓動が早くなるの。それに頰も熱が集まってきて、体温も高くなっていると思う」

眉を寄せながら話す私に、親友の芽以ちゃんは顔を輝かせながら、

「おめでとう! 綾、それは恋よ」

(こ、い)
なぜだかしっくり来るような気がする私はコクコクと頷いた。

ーーーーーーー 出会い ーーーーーーーーーー

春、桜の木を途方に暮れながら私は見上げていた。

「どうしたの?」
声をかけてくれた人がいて、恐る恐る私は振り返った。

その人は背が高く、顔も整っていて、爽やかな容姿が苦手そうなタイプだった。
きっとクラスの中心にいるのかなと咄嗟に思う。

「風に飛ばされてしまって届かないんです」
途方に暮れていたから思わず弱音が出てしまう。

「いけるかな?」

「え?」
と言った時には宙を舞っていた。

しなやかだが跳躍する姿が美しいと初めて男子に対して思った。

「はい」
と言って手渡してくれる手は同年齢より少し大人っぽく見えた。

「ありがとうございます」

「いいや、気にしないで。それより遅くなるよ、きみは」
「おーい、鈴木」

手を振る男子が急スピードで近づいてきて、鈴木と呼ばれた私を助けてくれた人の肩をガシッと掴む。

「お前、ノートある?」
とかなんとか言いながら話している。

苦笑しながら、
「じゃあ、またね」
と去っていく姿を見て、私はしばらく地面に根付いた足を動かせなかった。
















9/8/2024, 1:40:14 PM