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 風のいたずら


本来であればホールで働いている時間、急遽シフトが変わり予定がぽっかり空いてしまった。
せっかくなら恋人である彼女と過ごしたいが、以前会った時に今日は予定があると言っていた。──だから僕も今日シフトを入れていたのだ。

彼女は何かと忙しい人だ。この学園では珍しい穏やかな性格に寮の内外問わず頼られている姿をよく見かける。
一見するとただのお人好しのように見えるが、しれっと自分の利益を得るような強かさも彼女にはあった。
そんな彼女を僕はとても好ましく思っている。

彼女と過ごすのは諦め、何をしようかと部屋を見渡す。やりたいことはいくつかあった。少し考え、テラリウムを作ろうとガラスの容器を手に取る。
最近は作る時間が取れておらず手をつけられずにいたが、入れたいものはたくさんあった。僕は必要なものを揃え、机に向かった。

黙々と作業を続けていたが、素材が足りなくなり手が止まる。ふと時計を見ると、作り始めてからかなり時間が経っていた。
今日はここまでにしておいてもいいが、せっかくなら完成させてしまいたい。
そうと決まれば購買部まで買いに行こうと財布を手に取った。

外に出ると随分と冷え込んでいることに気がついた。嫌な予感がして購買部へ向かうのはやめ、寮へと引き返す。
スマホを取り出し彼女に電話をかけるが繋がらない。
忙しくて出られなかったという可能性もあるが、何となくそうではないと思った。
自室に戻りマフラーを手に取るとまたすぐに外へと飛び出した。

今日はどこにいるのだろうか。

考えていても仕方がないので一先ず植物園の方へと歩を進める。植物園へ向かう途中、探していた後ろ姿を見つけ足を速めた。
今日は随分と早く見つけられた。
声をかけると彼女は僕が来ることをわかっていたのか擽ったそうに笑った。
その笑顔に胸が少しだけときめく。
しかし、冷え込む空気の中で防寒具ひとつ着けていない彼女を見て、思わず顔をしかめてしまう。僕は手に持っていたマフラーを迷わず彼女の首に巻いた。

「ちゃんと暖かい格好をしてください」
「はは、ありがとう。でも君だって人のこと言えないんじゃない?」

そう指摘された僕も彼女と同じ制服姿だった。

「僕は寒さに強いからいいんです。それに貴方は案外身体が弱いんですから。以前風邪を引いて看病されたことをお忘れですか?」
「……耳が痛いな」

誤魔化すように目を逸らした彼女はどこか楽しそうだった。

「あまり心配させないでください。ところで一応お聞きしますが、スマホはどちらに?」
「ああ、部屋に置いてきた」

逸らしていた目を再びこちらに向けた彼女は飄々とそう答えた。

「……以前もスマホは常に持ち歩いてくださいと言ったと思うのですが」
「そうだね」
「……わざとですよね」
「さあ、どうだろう?」
「……もういいです」

随分と楽しげな彼女に、これ以上言っても無駄だと諦め、代わりにずっと気になっていたことを聞いた。

「どうして貴方は寒い日に限って出歩くんですか。しかもそんなにも薄着で。今日は風だって吹いているのに」

寒い中、出歩く彼女を捕まえるのは今日が初めてではなかった。
彼女はそんなことを聞かれると思っていなかったのか少しきょとんとした後、また楽しげな表情を浮かべゆっくりと口を開いた。

「賭けをしてるんだ。君に会えるかどうか。寒い日に三十分だけ」

どういうことだろうか、と考えていると彼女は更に言葉を続けた。

――だって

「寒い中、出歩いてたら君は心配して探しに来てくれるでしょ?」

彼女から返ってきた言葉に小さく目を見張る。
ああ、なんて傲慢なんだろう。
この人は僕が自分を探さないわけがないと思っている。
彼女が他者に何かを求めることは少ない。そんな彼女が僕にだけ見せる傲慢さ。その一面にゾクゾクした。
彼女はわかってて言っているのだろうか。これが故意だと言うのなら僕はまんまと彼女の手のひらで転がされているし、無意識だとしたらタチが悪すぎる。

彼女は三十分だけと言っていたが僕にはそれを確認する術がない。
一体いつからいたんですか、とか。
僕が来なかったらどうするつもりだったんですか、とか。
会いたいなら素直に呼んでください、とか。
言いたいことは次から次へと溢れてくるのに何一つ口から出ることはなく、僕は無言で彼女を抱きしめていた。

いつだって僕は彼女に敵わない。
僕はこの先も何度だって彼女を探すのだろう。

1/17/2025, 6:55:02 PM