「あなたは以前私を桜色と例えましたね」
眼の見えない彼女と過ごす、いつものたわいない会話の時間。
今日は以前にした『色』に関する話題を彼女が振ってきた。
「したな、そんなこと」
「桜は散ってしまう姿が儚いと聞きます」
「そうだな。ざあーって散っていって地面にピンクの花弁が散らばって、木は少しずつ緑になっていくんだ」
「緑は安らぐ色、でしたか」
「桜の葉は柔らかい緑色でさ。俺は桜餅を連想して腹が減りそうになる」
「桜餅って二種類あるって本当ですか?」
「あるよ、おはぎみたいなやつと、どらやき挟んだみたいなやつ。なんか両方寺の名前がついてたと思うけど忘れた。俺はおはぎみたいなのが馴染み深いな」
「それなら私が食べたことあるのは多分どらやき挟んだみたいなのだと思います」
「前にも言いましたけど。私も、あなたのこと桜色だなって思ってるんですよ」
そう言った彼女と会わなくなってしばらくたった。
どうしてなのかはわからない。そもそも俺達はお互いの名前も連絡先も知らない間柄だ。たまたまいつも同じ時間、同じ場所で会うひと。それでなんとなく話すようになった相手。
いつも彼女と腰掛けて話すベンチの後ろに立つのは桜の木だった。
それも相まって、俺は彼女を『桜色』だと思った。
彼女がここに来なくなった理由はわからない。
もう会えないかもしれない。
出会いは偶然。別れは突然。
まあきっとどこかで元気にしてるだろうと勝手に思うことにした。
今年も桜は綺麗に咲いた。
「桜は散ってもまた咲く。そのたびによう、また逢えたなって笑えるんだ」
「そうですね。また逢えて嬉しいなぁって感じるんですよね」
「…久しぶり」
「はい、お久しぶりです。あなたが今来てるジャケットが冷たいと思う『水色』ですか?」
いつも閉じていた眼を開いて、俺の顔をまっすぐ見てくる彼女がいた。
出会いは偶然。別れは突然。再会は必然だったようだ。
終
*お題「突然の別れ」
5/19/2024, 2:09:06 PM