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お題『1000年先も』

 夜更けの部屋に、雨音が静かに響いていた。
 照明を落としたリビングで、七海建人はソファに腰掛け、膝の上に読みかけの本を置いている。
「七海サン眠くないっすか?」
 隣から覗き込むように声をかけてきたのは、猪野琢真だった。
 猪野は七海の肩に頭を預け、まるでそこが定位置であるかのようにくつろいでいる。
「今はまだ大丈夫です。君こそ、もう休んだらどうですか」
「んー……七海サンが起きてるならいい」
 子どもっぽい理由に七海は小さく笑った。
 年下の恋人は、時々こうして甘えを隠そうともしない。
「相変わらずですね、君は」
「だってさ、七海サンって……離れると、いなくなりそうで」
 冗談のようで、どこか真剣な声。
 七海は本を閉じ、猪野の方へ視線を向けた。
「私はここにいますよ。簡単には消えません」
「でもさ、未来って分かんないじゃん」
 猪野は七海の指を掴み、ぎゅっと握る。
 若い体温が、確かさを求めるように伝わってくる。
「千年先とかは想像もできないけど……それでも一緒にいたいんだ」
 七海は一瞬言葉を探した。
 理屈ならいくらでも並べられるのに、こういう時は不思議と素直になる。
「……千年先は、さすがに約束できませんね」
「えー」
「ですが」
 指を絡め返し、猪野の手を包み込む。
「明日も、来週も、十年後も。
 君が望む限り、私は隣にいるつもりです」
 雨音が、少しだけ強くなった気がした。
 猪野は目を瞬かせ、それから照れたように笑う。
「ずるいなあ、七海サンは」
「何がでしょうか」
「俺が欲しい言葉、全部くれるんだもん」
 七海は答えず、代わりに猪野の額に口づけた。
 それだけで、猪野は満足そうに目を閉じる。
「千年先もさ、七海サンの恋人でいさせて」
「……もちろんです」
 雨の夜は静かで、世界は二人きりのようだった。
 千年先も変わらないものがあると、今は信じられる。

2/3/2026, 12:51:04 PM