池上さゆり

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 祖母が亡くなった。
 遺された遺書に書かれていたのは、自分の灰を海に撒いて欲しいという願いだった。当然、家族と親戚間で議論になった。
 遺骨は残しておくべきだと言う人と、祖母の最後の願いを叶えたいという平行線の話し合いが続いていた。
 私は祖母がその願いを残した理由を生前に一度だけ聞いていた。戦争の世を生きていた祖母と祖父。二人は結婚してから一緒に過ごした時間が本当に短かったという。理由は祖父が海兵として戦争に駆り出されたからだ。だが、祖父は故人として帰ってきた。海に沈んだせいで、遺品の一つも見つからなかったという。だから祖母は、自分が死ぬときは愛する人と同じ場所に沈みたいと言っていた。
 だが、その話を知っているのは私だけのようだった。だから私は話し合いがまだまとまっていない中、祖母の遺灰を持って話に聞いていた海まで車を走らせた。
 ようやく辿り着いたそこは、なにもなかった。落ちたら即死するであろう高さ。真下には剝き出しになった岩礁が姿を現している。祖父が亡くなった場所はきっとここよりももっと遠い海なのだろう。でも、同じ海で再会できるのならきっと幸せだ。
 そう思って、祖母の遺灰を手に取った。握りしめた手を広げると、風に乗って祖母は海へ飛んで行った。
 祖母が何十年も愛し続けた人と、この海で再会できることを祈っている。

4/29/2023, 12:05:14 PM