→埋没話・2 〜横断歩道〜
強い風が吹く3月上旬のニューヨークのマンハッタンで、まだ他人同士の二人は横断歩道の両端に立って信号が変わるのを待っていた。
その日、ナオミは友人との待ち合わせしていた。
その日、彰人は知人に呼び出されたところだった。
信号が赤から緑へ変わり、歩行者の横断が始まった。その流れに乗って二人も歩き出す。
ナオミの整った顔立ちは人目を引いた。長く艶のある黒髪と切れ長の瞳や対極をなす白い肌が彼女の美しさを引き立てている。
片や彰人は周囲の無関心の中にいた。眉目秀麗な彼の風貌は分厚い前髪と黒縁の眼鏡に隠れており、誰の目も引かない。
ナオミと彰人がすれ違う瞬間、冬の終わりと春の始まりをはらむビル風が、ゴォっと音を立て通行人の足元をすくい上げるように地を渡った。
強風に足を取られたナオミの体が大きくふらつき、彰人にぶつかった。咄嗟に、彰人は倒れそうになったナオミの腕を取った。
そのおかげで転倒せずにすんだナオミは、恩人に明るく笑いかけた。
「ありがとうございます! 危うく道路とキスするところでした」
ナオミの朗らかさに、内向的な彰人は気後れした。あぁうんと言葉にならない返事をするのが精一杯だ。なぜか彼の心臓がドクンと脈打った。
行き交う人の流れが速くなる。信号が変わろうとしていた。
彰人は「じゃあ」と消極的な挨拶を口にし、「良い一日を!」とナオミは軽く手を振った。
二人は横断歩道を渡りきり、当時に振り返った。信号が変わった道路を、車が途絶えることなく通り過ぎてゆく。
あまりにも多い車列が、二人の視線を遮っていた。
テーマ; 風のいたずら
〜埋没話=中編小説の不使用エピソード〜
1/17/2025, 5:55:33 PM