胡星 (小説書き)

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テーマ「耳を澄ますと」


耳を澄ますとあの音が聞こえた。小学校の頃、音楽の授業で吹いていたリコーダーの音。

「マリだ……」

その音色を聞くだけで分かる。これはマリだと。

マリは小学校と中学校でずっと仲良くしていた友達。お互い小学校の頃に吹いていたリコーダーの音色を忘れられず、放課後一緒に吹くという学生にしては珍しいことをしていた。

でも高校に入ってから関係はガラッと変わってしまった。

それぞれ別の高校に通い、いつしか毎日会っていたマリとは何ヶ月も会わなくなってしまった。

でも家の方向的に、たまに帰り道ですれ違うことがある。本当ならそこで「久しぶり」と一言くらい言ってもいいのだけれど……

なぜかそれが言えない。

しばらく話さないうちに、なんて話したらいいのか分からなくなって、いつの間にかマリとは気まづい関係になってしまった。

勇気を出して言えばいいだけなのに。言い出せない。ケンカをしたわけでもないのに。

「私は、意気地なしだ……」



次の日。

私は学校の帰り道に、とある場所に寄った。

「やっぱり、誰もいない」

ここには芝生があって、そこから近くの川が見える。昔はここでよくマリとリコーダーを吹いていた。

私はバックからリコーダーを取り出す。

特に意味は無い。ただ、吹きたいだけ。

吹く前に一度指を動かしながら脳内でイメージする。そして口をつけ、優しく息を吹き込む。

「♩〜♪〜♩〜♪〜」

今吹いているのは『新世界より』

ドヴォルザークが故郷ボヘミアを想い作曲したと言われているこの曲。

その時は私は何を想っているのだろう。誰を想ってこの曲を吹いているのだろう。

特に意味はない。

心の中でそう思っていても、本当は彼女のことを無意識に想っているのかもしれない。

「もう一度、一緒に……」




「♩〜♪〜♩〜♪〜」




「……っ」

微かに聞こえた気がした。どこからか分からないけれど、確かにそれは『新世界より』だった。

それはまるで誰かが私の想いに返事をしたかのようだった。




そして次の日。

私は昨日と同じ芝生の上であの曲を吹こうと思っていた。

もしかしたら、誰かが返事をしてくれるかもしれない。と、ほんの少しだけ心の中で期待をしていた。

でもそんな期待よりも先にメッセージは送られた。

「♩〜♪〜♩〜♪〜」

「……まただ」

昨日と同じ音色。

一度、あの芝生を見てみるが、遠すぎて何も分からない。ただ、誰かがいることだけは分かった。

もう一度、目を細めて見てみる。

「マリっ……」

その人はいつしか気まづい関係になって、いつしか話さなくなってしまった人。

マリだった。

それからの行動は無意識だった。

気づいたらリコーダーを手に持っていて、息を吹きかけていた。

「♩〜♪〜♩〜♪〜」

今吹けば、その人に想いが伝わるかもしれない。

そして私は耳を澄ます。

「♩〜♪〜♩〜♪……」

その音は震えていた。

どこか悲しむような、早く会いたい。そう言っているように感じた。

「……っ!!」

もう何も考えていなかった。

その音を聞いた瞬間、私は彼女の元へ走っていた。


高校に入るまではずっと仲良しだったマリ。

いつの間にか気まづい関係になってしまっていたマリ。

心のどこかでまた会いたいと思っていたマリ。

また、一緒に吹きたいと思っていた相手。



「マリ!!」



「……コ、デ?」

コデというのは私の名前で、私はこの名前が大嫌いだ。だって女子に似合わないから。

でもマリはいつもコデと私を呼んでいた。いつも「いい名前じゃん」と言っていた。

「ごめん……」

もうここまできたら逃げられない。

「私、ずっと、ずっとマリと話したかった。なのになんか分からなくなって……」

自然と涙が溢れていった。

「前はどういう風に話してたっけ、とか。いつのの間にかどう接したらいいか分からなくなっちゃって!!」

「私もだよ……」

マリがゆっくりと落ち着いた表情で話し始めた。

「あんだけ仲良しだったのに、ちょっと別れただけでこんな風になっちゃってさ……なんか変だよね」

その時の私はもう、どうでも良くなっていた。


「いいよ。もう」

心の底から願っていたものを今、口に出す。


「一緒に吹こうよ。リコーダー」








「♩〜♪〜♩〜♪〜」

「♩〜♪〜♩〜♪〜」

心地よかった。楽しかった。嬉しかった。

再びマリと話すことができて生まれた色んな感情をその音色にのせて、私はリコーダーを吹く。

そういえばリコーダーを吹く前、マリはこんなことを言ってたっけ。

「コデと吹きたかったんだ。またコデと私のコンビで吹いてみたい!!ってずっと思ってた」

「私もだよ」

「コデと私。コデとマリ。コデマリだね!!」






その時ふと思った。




確か『コデマリ』という花には花言葉があった。







『友情』






雨風に負けずに寄り添う様子を表わしたもの。



それが『コデマリ』の花言葉だった。












※変更内容
5/5(日) 一部の表現と誤字を訂正しました。

5/4/2024, 2:50:14 PM