永坂暖日

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逃れられない呪縛

 疲れた時には甘いものを食べるといい、という。甘みが疲れた体に染み渡り、うっとり癒される経験をお持ちの方は多いであろう。
 あの、甘いものを口に入れた瞬間の幸福感を一度知ってしまったら、そう簡単に逃れることはできない。いやむしろ、囚われてしまったといってもいい。
「……さんざん御託を並べてるけど、要はこれを食べたいってことだよね。そんなに疲れてないのに」
 つやつやのイチゴが載ったショートケーキが二切れ、我々の間にはあった。さっき彼女が持ってきた差し入れである。
「疲れてる。とても疲れてるよ!」
「いや、めっちゃ声でかいし、元気だし」
「――今すぐ食べたいです。食べてもいいですか。お願いします、食べさせてください」
「最初から素直にそう言えばいいんだよ。ほら、さっさと食べて勉強しよう」
 彼女はプラスチックのフォークを突き出した。
「せっかくのケーキだから、さっさと食べるのはもったいないなあ……」
「試験が終わったら、またケーキ買って、その時ゆっくり食べたらいいんだよ」
 クリームの甘さを口いっぱいに感じながら、わたしはこくりと頷いた。
 次はチョコレートケーキを、わたしが買ってこよう。

5/23/2023, 12:09:20 PM