味醂風調味料

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開けてある窓にかかるカーテンはひらりと揺れては外の景色をちらりと見せる。
無機質なこの部屋から見える彩り、ろくに動けない身体で眺める外の世界が私にとって唯一の楽しみ。正面に見える通路は部活の練習のためによく走っていた、今は全く違う視点から見ている。知ってる道のはずなのに、知らない道のようだ。
入院したばかりの頃は家族も友達も、私を退屈させないために色々と用意してくれた。絶対治るよ、また走れるよ、そう言って渡してくれたのは花束と沢山の書き込みがあるメッセージカード。
漫画や文庫、手遊びにゲームやノート、様々。
でも時間が経つに連れて、訪ねる人は減ってゆく。
それはそうだ、皆やるべきことがあるのだ、日常的に会えなくなった人に、自分の生活に関わることのない人に尽くしてやることは出来ないだろう。
私の両親だって最近は会いに来なくなった、他人なら尚更。
廊下にいる看護師たちの密やかな声、扉越しに微かに。
聞き取れない声に体か強ばる。私を憐れんでるの?


「あぁああッ!」

頭では理解出来てる、でも心は納得してくれない。
衝動のままにベッドサイドの棚から物を払い飛ばす。
かつては彩りの一部だったもの、今や私を惨めにするゴミだ、価値などない。
物音に駆け着けた看護師が声を掛けてくる。
うるさいうるさいうるさい。
ベッドにうつ伏せて、何も見えない聞こえないフリ。
看護師のため息なんて聞こえない、聞こえない。

「びっくりした、怪我してない?」
看護師ではない声に、顔を上げる。クラスメートの女の子、数少ない来客。度々やって来る変な奴。看護師と一緒に入ってきたようだ、肝がすわっているというのか、ただ鈍いのか。



「今日はね、駅前で路上ライブを見たんだけどさ」
そういえば彼女は差し入れの類いは持ってこない、いつも土産話だ。最初は学校の行事やクラスの様子を話してくれたけど、いつからか話さなくなった。最近は彼女の周りで起こったことや見聞きした話しだ。気を遣わせたようだ、私のためにこんなに尽くしてくれる必要なんてないのに。
モヤモヤとした気持ちがまた戻ってくる、ダメ。

「それで、そのオバサンは」
「もう、無理に来なくていいよ」
言ってしまった。後悔、本当に来なくなるかも。

「私なんかのためにさ、ここまでしなくていいんだよ、自分の好きにすればいいじゃん」
ムシャクシャした気持ちを勢いのままに向けてしまった。
こんなこと、言いたかったんじゃないのに。
会いに来てくれる相手に、こんな。
「もう来ないで」
違う違う、なのに本当の言葉が出てこない。

沈黙が痛い、どうして、だってでも。
何も言えなくなった私の表情から何を感じ取ったのか、彼女は微笑む。

「……ん~、ならさ最後に私の語りを聞いてくれない?」




――一目惚れみたいな感じなのかな。大会前かな、放課後に練習で走ってるとこ見た時さ、貴方の表情に、なんか、すごい、衝撃を感じてさ。あ、恋愛って訳ではないよ、多分。ただ、あの時見た表情が、また見たいな、好きだな、もう一回、いや何度でも見たい。うん、ゴメン恋愛否定したけど言葉にしたら自信無くなってきた。ずれたね戻すわ。
とにかくそんな調子だから、見るチャンスを逃したくなくて何かと来てたわけ。うん、もう見れないかも知れないし、けどそんなことないかも知れない。うん、もう前みたいに走れないのは聞いた。でもさ、それでも諦められないのですよ、見たいなって思うわけですよ。我ながらしつこいねぇ。
……世の中、色んなものが溢れていて、出会いも沢山あるわけだから、もしかしたら『走る』以外でもあの顔を引き出せるものが有るのではないかと、期待しているわけですよ。また、見せて欲しいわけなのですのよ、生を謳歌していると言わんばかりの眩しい顔を。君を望んでいるわけですよ、私のためにね。

「口調おかしくなってら。とにかくさ、自分の欲望のままの行動なので気にしなくてよろしいのでして、待って泣くなよぉ」

――私たちまだ若いんだぜ、何もかも諦めるには早いのでは? だからさ、退院したら私と一緒に色んなとこ行こうよ、色んなものに会いに行こうよ

「何だコレ?プロポーズ?」
「自分で言って、自分で疑問になってんの可笑しいでしょ」

久々に笑えた気がする、そっか諦めるにはまだ早いか。

「その顔も好きだね」
「私のこと好き過ぎでしょ」



ほんの少し、彩りが戻って来た気がする。
私たちの色、もっと鮮やかに広がりますように。

8/2/2023, 7:08:39 PM