「この道の先に」
一枚の絵の前で立ち止まった。緑の中にすーっと伸びる一本の道。ゆるやかな傾斜で上っている。奥の方で右にカーブしており、その先は見えない。
迷っていた。どこにも行けない。どこに進むべきかわからず立ちすくんでいた。5年付き合っていた彼は故郷に帰った。一緒には行けないと別れた。なぜ?反対されたから?仕事があるから?
田舎からは結婚しろとうるさく言われている。青森に行くと言ったら反対したくせに。いや、別れたのは自分の意志だ。何者でもない自分が嫌だ。私には縁のないオフィス街を歩く。もっと勉強すればこんなところで働けたのかな。
チェーン店のドラッグストアでレジを打ち品物を並べる。ただそれだけの毎日。東京にいる意味なんてない。彼はもういない。じゃあなぜここにいるの?
一本の道が目の前にある。これから進む道だ。あのカーブの向こうには何がある?あそこまで行ってみようか。あそこに行くなら前に進まなきゃ。でも、どうやって?足がすくむ。
「いいわね、この絵」
振り向くと杖をついたおばあさんが一人で立っている。
「もう思うように足が動かないんだけどね、この絵を見ると前に進みたくなるの」
晴れ晴れとした顔をしている。私の顔はこの人にどう映っているのだろう。
「気になるわよね。この道の先に何があるのか」
黙ったままの私の背中をそっと押す。
「じゃあね」
おばあさんはゆっくりと次の絵に進む。背中が温かい。あの道の先を見たい。今はそれだけ。胸に手を当て、もう一度絵に向かい合う。何があるかわからないから行きたい。
7/3/2024, 11:44:43 AM