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 しょぼしょぼと目を瞬かせた昴は、早く終わんねえかなあと俯いて欠伸した。
 新陽の儀式。
 新たな年を迎えて良い一年になるように、と願うのはいい。しかしだからといって、朝早くから起きて、わざわざ山頂に登らなくたっていいじゃないか。観客がいるわけでもないのに、何で山で儀式をする必要があるんだ。第一、朝じゃなくてもいいじゃんか。厳かな気持ちで迎えるはずだぅた新年早々、昴は不満たらたらで儀式が始まるのを待っていた。
 儀式といっても、神官が新陽の詩を詠み上げるのを横で聞き、石で作った祭殿に酒を垂らすだけだ。踊るわけでもなし、食事をするわけでもなし。祭殿なら麓の神殿にご立派なものがあるのだから、アレでいいじゃないか。
 山頂にいるのは、昴の他に神官の主。千景は留守番という名のサボりだ。留守番役を買って出た時の千景の飄々とした姿を思い出し、余計ムッとした。
 そろそろだな、主の声に顔を上げた。日が昇ると儀式が始まる。
「…………」
 紫に赤みを足したような色合いの空だった。曙や暁とは、こんな感じの空を言うのだろうか。夕暮れとも違うその光景に、昴の目は釘付けだった。
「……あっ」
 日が昇る。
 山間から、ゆっくりと頭を見せ始める。もう灯りなんていらないくらいには暗くなくなっていた。夜でも意外と目が見える。そう思っていたが、太陽が姿を見せたことで、周囲が徐々に明るくなっていく様子をじっと眺めていた。
「始めるぞ」
 新年の寿ぎを詠う主の揚々とした声を耳に、昴は昇る日をじっと観ていた。
 今頃都でも同様の儀式をしているはずだ。一度も参加したことはなかったが、毎年父上や母上、姉上、神学院……の人たちが盛大に儀式していた。
 2年前、ここで暮らすことになるなんて思いもしなかった。都を出るという発想すらなかった自分は、今、田舎の山の上で、たった二人で新年を迎えている。
 この暮らしに慣れたわけじゃない。都にはまだ帰りたくない。
 ただ、今日くらいは、この杓子定規な神官や麓で帰りを待っている千景の言うことを聞こうと思った。
 
 

5/22/2023, 4:26:54 PM