〈散ってゆく桜人〉
あの人は死んだ。
皮肉なほど綺麗に咲き誇る桜にそう言われた気がした。いつまでも宙に浮いている私に、現実を見ろと言わんばかりに。
あの人は桜が好きだった。
好きな人の好きな物は不思議と興味が湧いてしまうもので、いつの間にか私も、桜が好きになっていた。
だから今でも、桜を見ると貴方を思い出してしまう。
「今日ね、桜が綺麗に咲いてたよ今年も行こうよ、花見」
私しかいない部屋に散った言葉が沈黙に沈んでゆく。
風に吹かれて散った花弁が泥水に落ちるように。
そうだった。もう、居ないんだった。
癖で発してしまった言葉に、勝手に落ち込む。
本当にいなくなってしまったの?
何処にいるの?
本当はどこかで生きているような気がしてならない。
あの人が死んだなんて、嘘でしょう?
現実を受け入れられない訳では無い。実感が湧かない。
今日も玄関の鍵が空いて、ただいま、おかえり、って言うのかな、って、思ってしまうくらいには。
だって、3日前は、
ずっと一緒にいようねって、笑いあっていたじゃない。
今年の花見はどこにしようって話していたじゃない。
3日前と今日を隔てるものは何?
確かにここは貴方が生きた世界で、一緒に笑いあった場所にかわりはなくて。
それなのに、もう、貴方はいない。
私もいつか忘れてしまうのかな、貴方の顔、香り、声、癖、話し方。
それが怖くて、それだけが怖くて、執着するように毎日貴方を思い出してしまう。
いつか薄れてしまうだろう貴方との記憶は、皮肉にもあの桜の木で思い出すのだろう。
今、私の目の前であなたが居ないことを教えてくるこの桜の木で。
(桜)
4/5/2025, 4:11:56 PM