NoNamae

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『世話係よ。バタフライエフェクトという言葉を知っているか?』

 そう口にしながらチラリと世話係を見るが、彼女は随分と興奮しているようだ。私は視線を合わせないようにそっぽを向きながら話を続ける。

『蝶の羽ばたきのような些細なことでも、空気が攪拌され、やがて遠い地の気象を変化させる可能性がある。という、まぁカオス理論の例え話だな』

 視線を合わせようとしない私に業を煮やしたのか、世話係はその大きな手で私の頬を掴み、無理やり顔を突き合わせ、何事かわからない唸り声をあげていた。
いつもながら大きな顔に、大きな声だ。

『君が怒りを覚えているのは、おそらくこの部屋の状態なのだろな』

 部屋は、心地よくなる程度に物が散らかり、至る所に潜り込める隙間を作り出していた。
いつもの無機質なまでに隠れる場所がない部屋より、よほど居心地が良いはずなのだが、どうにも彼女はそれが気に食わないようだ。

『確かに、この部屋の模様替えのきっかけは、私のたった一回のジャンプが原因かもしれない。しかしそれは蝶の羽ばたきと一緒さ、あとは勝手にこうなったのだ。私の責任ではない』

 怒鳴り続ける彼女に私は物の道理を説く。しかし残念な事に私の意思は彼女には伝わっていないのだ。
彼女は身体も大きく力も強いのだが、意思疎通の仕草を理解することが、まできないようなのだ。それに狩も下手だ。
つまり、まだまだ子猫なのだ。

 子猫の機嫌が悪く威嚇してきたとしても、成猫が本気をだすわけにはいかない。成猫は子猫を教え導く存在なのだから。
だから私も彼女の怒鳴り声に、あくびを返し大人の余裕を見せる。
すると彼女は大きなため息を吐くと私を解放し、部屋に転がっている物を集め始めた。
どうやら部屋を元の状態に戻すつもりのようだ。もったいない。

しかし、彼女も大人になれば隠れ場所の多い部屋の良さに気づくはずだ。それまでは根気強く今日のようにプレゼンテーションしていくしかないか。
全く。手のかかることだ。



// 些細なことでも

9/4/2023, 8:14:19 AM