イオリ

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安らかな瞳

 祖父は趣味で油彩を描いていた。部屋ににはいつも絵の具の匂いがしていた。

 ある春に、クッキーと紅茶を運んだことがある。彼は腕を組んで難しい顔でカンヴァスを眺めていた。
 
 できたの?

 いや、とだけ答えた。カンヴァスを見たままで。

 静物画だった。テーブルの上の果物。よくあるテーマだ。

 祖父の隣で、僕も腕組みして眺めた。

 じいちゃん、下手だね。

 そうか。どこがだ。

 だってなんか変だから。バランスっていうか斜めになってる。りんご落ちちゃうよ。

 彼がようやく僕を見た。そしてなぜか嬉しそうに、そうか、斜めかと言った。

 そのあと紅茶に手を伸ばし、またカンヴァスとのにらめっこに戻っていった。だがさっきまでと違って、優しい目になっていた。


 後に知ったのだが、祖父はセザンヌが好きだったらしい。あのときの絵は、もしかしたらセザンヌを真似ていたのかもしれない。
 
 僕も子供の頃は純粋だった。

 あの絵はどこに行ったのだろう。完成したのだろうか。描きかけしか記憶にない。

3/15/2024, 4:29:32 AM