KAORU

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「嘘だろ……、ほんとかよ」
 唖然として、彼は高層マンションがある方を見上げた。
「どうしたの?」
「いや、ーーいま、あのベランダに干してた布団が吹っ飛んだ」
 空っ風に煽られて、と答える。
 彼女は彼の視線を追った。
 でも、そこには青空が広がるばかり。目に眩しい秋晴れ。
「何それ、冗談? 大真面目な顔して」
 笑顔になってそう言うと、
「いや、まじだって。ほんとに今布団が飛んだの、ふわぁって」  
 身振り手振りを加えて、あっちでこうぶわって魔法の絨毯みたいに、と食ってかかる。
「はいはい、面白い面白い」
 いなす彼女にムキになった。
「信じてないだろ、俺が嘘ついてると思ってる?」
「だって、どこにも布団なんかないじゃん」
「ううう」
「君がそんな冗談、真顔で言うタイプだとは知らなかっよ、ささ、行こ行こ」
「うー。ホントなのに〜」
 彼は、話を信じてもらえない悔しさに地団駄を踏む。
 二人はちょうど信号待ちに差し掛かった。
 すると、「ああああっ」と彼が声を上げて前方を指差した。信号の向こう。植え込みの辺りを。
「うっわ、びっくりしたア、……今度は何?」
 彼女が身をすくませる。
 彼は目を見開き、指をブルブルと震わせて言った。
「いま、犬が犬が、歩いてて、棒に当たった!」

#奇跡をもう一度

10/2/2024, 2:13:57 PM