香る夢

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毎日は、小さな波乱に満ちている。
人との関わりの中で心が千々に乱れていく。

叫び出すほどの怒りや苦痛でなくとも、心の小さなささくれに、それは引っかかる。

日々にだんだん新鮮さがなくなり、毎日がなんだか繰り返しで、色褪せていくような気がしている。


時計を見ると、もう午後二時を回っていた。

小学二年生になる娘の帰りが、予定よりどう見ても毎日遅いので、今日はこっそり迎えにいくつもりだ。
大人の足では十五分ほどの距離なのに、なぜか一時間くらいかかる。

車のエンジンをかけて、運転席に滑り込む。春先の道には、まだところどころ残雪が見える。

運転していると、下校してゆく娘に行き逢った。こんな時間になっても、まだ学校のそばを歩いている。

私はふと、車を停めて、娘のことを観察することにした。

娘は、まず道にしゃがみこみ、何かをしげしげと覗き込んだ。

それから手を伸ばし、まだ溶けきらない歩道の雪に手をのせる。
それから、なにか鼻唄を楽しそうにうたいながら、指でひとつひとつ、雪の上にあとをつけてゆく。

その点が七つほどになったころ、私は車を発進させた。娘に声はかけなかった。


そして思う。

こんなふうに歩いてゆくとしたら、それはなんて、色鮮やかな時間だろう。

私にとっては、いかに早く目的地に着けるかと、時間をはかるだけの距離だ。
あたたかくなった、くらいは感じるかもしれない。でも、歩道の雪はただの薄汚れた白だ。

娘には、何色に映っているんだろう。

道に、なにを見つけたのだろう。

指に感じた冬の残りは、どんな感触だったろう。

昔は私だって、冬の朝、氷った水溜まりをいちいち割りながら登校して、遅刻したのだ。

バックミラーに映る自分の顔を見やった。
いつのまに、こんな冷めた表情をするようになったんだろう。

私はおとなになったのだ。

日々はもっと大変な、手のかかる出来事でいっぱいだ。心配事もつきない。
私は、忙しいのだから、仕方ない。

でも。

仕方ないと思うことは、幸せなんだろうか。

微かな疑問が心に湧いた。


***


夕食の時間、娘を呼びにいくと、なにやらざらざらとした音がする。

後ろからこっそりのぞいてみると、晩酌に使うぐい呑みに、娘が金平糖を袋からざぁーっと流し込んでいた。

机の上は、こぼれ落ちた金平糖だらけだ。

「ちょっ…なにしてんの?」

私が聞くと、ほがらかに娘は答えた。

「お空から星が溢れてくるよー!あははは!」

「そ、空…?」

「うん!このコップ、お空みたいでしょ」

旦那お気に入りの、そのぐい呑みの色は紺碧だ。そこに銀の波もようがはいっており、なるほど銀河にみえなくもない。

ぐい呑みの銀河に、金平糖のお星様か。

怒るのも忘れて、私は感心してしまった。


娘が見ている、色鮮やかな日々のことを教えてもらおう。

春になったら、一緒に帰り道を散策しよう。たまにしか出来なくても。

私も、手に届く星を見つけたい。


道路の片隅に、ちいさなふきのとうが顔を出していた。

3/16/2024, 6:50:09 AM