NoName

Open App

私が幼い頃に作った風鈴が、今年も網戸の前で軽やかな音を立てている。
夏は繁忙期で、態々実家に帰ることは滅多にない。この音を聞くのも随分久しぶりだった。

「この風鈴、まだ使ってたんだ。」
「ほら、お父さん好きだったでしょう?」

たしかに父は、この歪な風鈴が大層お気に入りだった。不格好なそれがこれ見よがしに吊るされるのは子供ながらに恥ずかしく、毎年窓際にぶら下がるそれを見つけては、家中に隠していたっけ。
どういう訳か、翌年になれば必ず風の当たる窓に戻ってくるのだけど。

ちりり、ちりり。夏の終わりにしては清涼な音が、静かな居間に溶けた。
実家にいた頃はこれに懐疑的だった。懲りもせず窓を開ける父に、そんなものより扇風機でもつけなよ、なんて、何度言ったか分からない。

陽の光が硝子を通して、ぼんやりとした斑点を作る。手作りらしいそれがくるくる回るのは、今見ればそう悪くもなかった。

「じゃあ、そろそろ帰るね。」
「あら、もう帰るの?」
「うん。手も合わせたし。折角だからお墓参りもしてくるよ。」

そう、と簡単に相槌を打った母は、土産があると慌ただしく部屋を出ていった。そんなに急がなくとも、もう飛び出したりはしないのに。

「じゃあね、お父さん。」






「立派になりましたね。」

凸凹な硝子に陽の光が屈折して、小さな光が部屋を飛び回る。それが居間の端の仏壇に当たるのを見て、女はあら、と窓枠を確認した。

ほんの少し位置を変えた風鈴は、相変わらずやわらかな光を纏っている。


『やわらかな光』

10/16/2023, 3:55:26 PM