名無しの夜

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「もう少しはさ、一緒に過ごせる時間も欲しいなーって」

ああそうなの、とベッドでゴロゴロしたまま相槌を打つ。

「だから最近、部屋とかちょっと見てるんだけどさ」

言いながら息子がパクついているのは、お土産と彼自身が持参したレモンケーキだ。

はたして彼が帰るまでにレモンケーキは何個残るのだろうか。

そもそも、食べられるのかな。
一つぐらいは食べたいな。

半開きのアコーディオンカーテンの向こう側たるリビングを眺める。

彼は真剣に小さなスマホ画面を見ている。


……そーゆーとこ、お父ちゃんにそっくりだねぇ、なんて思ってしまう。


息子が「もう少し一緒に過ごせる時間が欲しい」と言っている相手は、彼女さんだ。

お付き合いは二年だか三年だか、だったかな。

息子と同職系で日本各地を走り回っているパワフルなお嬢さんだ。


「それ、彼女さんに話したの? 一緒に住みたいって」
「いや? まだ俺だって真剣に考えてるわけじゃないし——」


……ハイハイ。
真剣には考えてないけど、情報見ているうちに『これ良くね?』となって、行動を起こしてから相手に言うんだよね。

聞かされた方は『何の話? 何で、どういう展開!?』と度肝を抜かされるやつ。
……あんまり、嬉しくない方向で。

君のパパはそうだったしね、昔から君もそういうところ多々あったからね。

今回ばかりは違うとは到底、思えんのよ。


「あのさ——調べる前に、ちゃんと話しなよ。一緒に過ごせる時間を増やしたいという気持ちからさ」
「うん?」
「一緒に住みたいとか、話したことあるの?」
「かるーく?」
「じゃあ、その話をちゃんとしてから情報集めしなよ。まずは会話、意思伝達が先。そういうの、大事だよ」

ベッドでゴロゴロしたまま言う私に、息子はむーと眉根を寄せて膨れっ面をした。

子供の頃の、ように。


図体ばかり大きくなって変わらないなーと思わされつつ。

それでも、一緒の時を増やしたいと思える人が出来たんだなぁ、もう本当に子供ではないのだなぁと感慨深くなった。


赤い糸、か。


息子と彼女さんの間に、赤い糸があるかないかは、わからないけれど。


繋がる未来を、息子が望むなら。


月にでも流れ星にでも、祈ってみるよ。

7/1/2024, 3:52:36 AM