ヒロ

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「あ! 王子~。やっと戻って来た~」

ホームルームの終わった後。
クラス全員の提出物を職員室まで届け終わって教室へ戻ると、僕が一歩足を踏み入れるのを見計らったかのようにして声をかけられた。
顔を上げてそちらを見遣れば、少し前まで行動を共にしていたクラスメイトたちが手を振って僕を呼んでいた。

ああ、しまった。声をかけられる隙を作ってしまったよ。
望んで輪に入った訳でもない。無理矢理僕を組み込んで、スクールカーストの上位を気取る。横柄な態度の彼らに嫌気が差して、最近は距離を置いていたというのに失敗した。
こうなるなら、提出物だけじゃなくて、鞄も全部持って教室を出れば良かったな。
「あれ。まだ残っていたの? もう皆帰ったかと思ったよ」
本当はもう彼らと関わりたくは無かったのだけれど、ここであからさまに避けたら角が立つ。
嫌悪感は表に出さず。笑顔を張りつけてあくまでもにこやかを意識して彼らに近付いた。
「王子帰って来るの待ってたんだよ。なあ、久しぶりにカラオケ行こうぜ。最近全然一緒に行かねーじゃん」
「ええ? 今日?」
悪びれもなく僕を誘う彼らに、うっかり少し本音が漏れてしまった。
勘弁してほしい。テスト期間を控えて、ただでさえ勉強に集中したいのに。
そつなくこなすが故に、皆僕のことを何もしなくても勉強が出来ると勘違いしている節があるが、僕だって苦手はあるし、テストは万全に備えたいんだ。
遊ぶ余裕は持ち合わせていない。
「何だよ、行かねーの? 最近ノリ悪いじゃん。つれねーな」
「ああ、うーん。ごめんね」
僕の都合などお構いなしに不機嫌になる彼らに嫌悪が増す。
必死にポーカーフェイスを崩さないように心がけるが、駄目だ。気持ちが追い付いていかない。
ああ、だから距離を置いてフェードアウトしようと努力していたのに。
仕方がない。今度こそ、これっきりだと区切りにしよう。
今日が最後だと諦めて、彼らの遊びに付き合うしかないか。
我慢して、彼らの望みに応えようと口を開きかけた。

「お前ら、先約あるのに困らせてんじゃねーよ」
けれども、僕の言葉を遮るようにして後ろから声がかかった。
振り返れば、同じ料理部所属の彼が仏頂面で仁王立ちしている。彼も帰るところだったのか、肩には既に鞄を担いでいた。
気が付かなかった。一体いつから側に立っていたんだ?
呆気に取られる僕を尻目に、彼はすらすらと嘘を吐いた。
「王子はこれから俺に勉強教えてくれる約束なんだよ。分かったらさっさと帰してくれねえ?」
「はあ? 真面目ちゃんかよ。最近お前ばっか王子独占して狡いぞ」
「良いだろ別に。俺だって王子に部活で料理教えてるんだ。交換条件なんだから関係ねえだろ」
彼は怯むこと無く言い切ると、踵を返してそのまますたすたと教室を出て行ってしまう。
そうして教室の入り口で一度だけ振り返ると、「ほら、早く来いよ」と僕を急かした。
いつになく強引な彼のやり口に、思わず声を出して笑ってしまった。

ああ、可笑しい!
君、そんな真似も出来たんだね。
思わぬところからの反撃に、言われた彼らも驚いている。
予想外の展開だが、僕にとっては渡りに船。
煙に巻くなら今のうち。彼らの威勢が戻る前に立ち去ってしまうのが吉と見た。
「えっと、そういう訳だから。ごめんね」
不満げなクラスメイトたちに手を合わせて取り繕う。
そして急いで荷物をまとめると、教室を出て先を行く彼を追いかけた。

ああ。彼の側を、選んで良かった。
きっかけは、ただあの集団から離れたくて、都合良く理由をつけて近付いたのが始まりだ。
料理を教わりたかったのは本当さ。
けれども、所詮は僕の事情を優先して、一方的に結んだ友人関係。
本当は、ずっとそこに引け目を感じていた。
だからこそ、こんな形で彼からのアンサーを得られたことが、今、とても嬉しい。
どうしよう。にやける顔を抑えられる気がしないよ。

「ありがとう。助かったよ」
下駄箱で追い付いて礼を言うも、彼は「別に」とだけ言って何食わぬ顔だ。
「それで、どうするの? これから勉強会?」
茶化すようにして問えば、顔を歪めつつも、意外にも彼は素直に頷いた。
「今回の範囲、数学ガチで解ける気がしねーんだよ。迷惑じゃなかったら、頼んで良いか?」
あくまでも謙虚な姿勢の彼に、可笑しくてまたもや笑ってしまう。
さっきはあんなに強気で啖呵を切ったのに、何とも面白いことを言ってくれるものだ。
「いいよ。普段のお礼に、喜んで。じゃあ、図書館に行こうか」
「うん。でも図書館て、私語禁止なんじゃね? 俺、教えてほしいんだけど」
「最近、会話とか飲食オッケーの自習スペースが出来たんだよ。僕も行ってみたかったし、一緒に行こうよ」
「へえ。だったら部長も誘おうぜ。まだその辺りに居るかもだし。どうせなら、三人で行こう」
そう言ってスマホを弄る彼に心が踊る。
まだ付き合いは浅いけれど、気が知れた仲間と過ごす放課後の時間に、わくわくとした気持ちが止まらない。
やっぱりさ。無理に付き合う相手より、楽しい友人と居るのが一番だよね。


(2024/10/12 title:058 放課後)

10/13/2024, 10:15:49 AM