Apollo

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 真菜香と静かに目を合わせる。そして頷きとも言えない微かな首の動きを互いに送り合い、私達は判決を下した。これはナシ。
 まずフーディーの柄が粋がってる。スプレーで描かれた壁の落書きみたいなアルファベットは炎に囲まれてて、まるでヤンチャな高校生とか大学生が着ていそう。粋がってる、の正しい実例を初めてこんなにきちんと見た気がする。
 それから、ジーンズのダメージ具合。ところどころ擦り切れてるのはいい感じ。けど……ほつれた裾が地面に擦れる長さなのが……。汚らしい。かかと、踏んじゃってる。つまり土足と同じその裾で室内も歩くんだと思ったら鳥肌が立った。
 サコッシュがカモフラ柄なのも小学生かって感じだし、全体的に……むしろわざとやってますか?と聞きたくなる。
 スーツの時はシュッとして見えた顔立ち。私服だと、こんなにもっさりするんだ。髭しっかり剃ってよ。
 実習中、アウトローな感じでカッコよかった「俺、教員志望じゃないから」も、こうなってしまうと、ただの無責任にしか聞こえない。
 あの、それサービスじゃなくて売り物のお菓子です。勝手に食べないでください。
 てか、いつまでいるの。
 そもそもこの人に学園祭の日程教えたの、誰?
 ヒソヒソ囁かれるもっともな言葉達。
「俺ですごめんなさい」
 カフェ風に装飾した教室の隅で、実行委員が肩を落とした。禁じられてたLINEの交換、しちゃってたらしい。きっと向こうからなんだろう。ルール違反のせいで、ずっと頑張ってきた委員にこんな思いをさせるなんて。悔しいと言うか悲しい。
 でも、そんな私達の声は届かない。終了まで居座ったセンセイは、実行委員の挨拶に大きな声で合いの手まで入れていた。「打ち上げの情報、絶対に明かすなよ」という、こっそり回される伝言に全員が団結する。
「今日はありがとう!お前ら最高!また会いましょう!」
 ライブみたいなセリフで最悪な余韻を残し、センセイは去っていった。すごい疲労感。
「お疲れ」
 肩を落として片付けを進める委員に労いの声を掛けると、振り向いた顔が力なく微笑んだ。
「ほんとごめん」
「いや、悪くないから、ごめんいらないよ」
 実行委員は軽く苦笑いしてから、荷物を抱えてドアの方へ足を踏み出しかけた。そして踏みとどまる。
「打ち上げ、来るんだよね」
「あ、うん。途中で帰るけど」
 塾があるから最後まではいられない。それを告げると、実行委員は「来てくれてありがとう」と少し疲れたように笑った。
 いいやつだ。
 感心した私は実行委員の荷物を半分持つことにした。ざわついた廊下を並んで歩く。話題は自然とセンセイのことになった。
「なんで来るかね」
 私の不満に、実行委員はまた力なく笑った。
「まあね……でも、悪い人じゃないんだと思うよ。なんだかんだ、俺達のこと覚えててくれて、こうやって会いに来てもくれたわけだし。そこはありがたいよね」
 いい人なんだなあ。そう思いながら顔を見つめたら、メガネの下にソバカスがたくさんあることに初めて気付いた。肌がきれいだから目立つんだ。もしこの先に似顔絵を描く機会があったら、かなり可愛く描ける自信がある。
 一重だけどつぶらな目がパチパチとまばたきを繰り返す。
「センセイとは好きな洋楽が似てて、けっこう話したから、ついLINE交換しちゃってさ。あー、皆に悪いことしたな」
 後悔に苛まれる姿が悲哀に満ちていて、私は心にも無い、
「意外と面白かった」
 なんて言葉をかけていた。面白くはなかったけど、たぶん、思い返す度に面白くなるはず。だからまるっきりのウソじゃない。
「今井さん、シフトいっぱい入ってくれたり、準備とか片付けとかも、ありがとう。助かった」
 1クラスメイトの私に向けられる心遣い。ほんとにこの人、いい人なんだなあ。てことは、センセイも、確かに思うほど悪い人でもないのかも。私達に愛着があるのは本当なんだろうし。もしかしたら、若い私達に合わせたくて、無理してあんな感じになっちゃったのかもしれない。
「あ、段差」
 気を取られていた私をさり気なく誘導する人の良さも、なんか、あったかい。自然と笑顔になれた。
「やっぱり、最後までいようかな、打ち上げ」
 塾の振替手続きがめんどくさいけど、それくらいやってもいいかな。こう見えて私も好きな洋楽があるし、ちょっと話してみたい気がする。
「えっ、ほんと?良かった!せっかくだから、なるべく大人数で楽しみたくて。ありがとう!予定、いいの?」
 既にもう、胸がワクワクする感覚がある。頷いたところで、実行委員が荷物を気にしながらポケットのスマホを取り出した。
「あ、センセイから。今日はありがとうって。また顔出したいって。あー、どうしよう」
 私達は困った笑顔を共有しながら一緒に対策を考えた。そして、はっきりした拒絶ではないが明確な約束もしない1言を2人で思いついた。
「また会いましょう」

※センセイへの批評は彼女独自の感性によるものです

《また会いましょう》

11/14/2024, 9:05:37 AM