薄墨

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受胎告知も復活祭も、春のことだ。
バターをパンに塗りたくりながら、ふとそう気付いた。

安息日のクリスマスイブの夜が明けて、ミサもひと段落したクリスマスの朝は、ゆっくりと朝食を摂るに限る。
温かな野菜スープを啜りながら、十字架を見上げる。
薄い窓からは、朝の光が斜めに入り込んでいる。

クリスマスは主の誕生日だ。そして、同時に一年の終わりでもある。

甘い玉ねぎを噛み締めながら、ポストからとってきた色とりどりのクリスマスカードに目を通す。
どれも拙いながら、丁寧に書き込まれた可愛らしい手書きの文字が並んでいる。

「メリークリスマス!」
「ハッピーニューイヤー!」
「merry Christmas」
「happy new year」

何度も現れるそんな文字を見ながら、パンを齧る。
パン屑がパラパラと、足元に落ちる。

この地で教会を構えて、今年でもう3年になる。
同時に始めた英語教室も、近くの孤児院での慈善事業も順調で、子どもたちからこの時期にクリスマスカードが届くのも、年末恒例になりつつある。

スープを啜り、ニンジンを齧る。
熱い湯気がほうっと立ち上がる。
パンに塗られたバターが、透明の道を作りながらゆっくりと流れている。

3年前のクリスマスの過ごし方とは全然違う、穏やかで平和なクリスマス。
そうあれることが心から嬉しかった。

主よ、ありがとうございます。
そんな感謝の言葉を心の奥で呟いて、食事を続ける。
朝日は暖かく、食事も温かい。
穏やかな、クリスマス。

…出し抜けに騒々しいノックの音が聞こえた。
重厚な教会の扉を思い切り、しかし力量の足りていない何かが頻りに叩く、鈍い音が聞こえた。

ビクッと立ち上がってしまって、しばらく身を硬くする。
しかしノックは鳴り止まない。
少しずつ力弱く、しかし断固として鳴り止まない。

…恐る恐る扉に近づく。
ドアの向こうから、冷たい朝の空気が漏れている。

……意を決して、戸を開けた。

雪の中に、小さな子供がへたり込んでいた。
もこもことした防寒具を雪と…赤い液体でぺとぺとに濡らした、小さな子供が。

幼く丸い目がこちらを見上げた。

平和なクリスマスを過ごすはずだった。
ああ、主よ。平和なクリスマスは、理想のクリスマス過ごし方ではないと仰るのですか。
確かに遥か2024年前、主の生まれたクリスマスは決して平和なものではありませんでした。しかし…
暖かい日の影になる軒先には、冷たい空気が渦巻いていた。
子供は丸々とした無邪気な瞳で、こちらを見上げている。

雪が朝日の中をちらちらと降っていた。

12/26/2024, 10:12:24 AM