いろ

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【空を見上げて心に浮かんだこと】

 禊を済ませたら河原に寝転がり、青空を見上げる。深呼吸をして心を空っぽにし、呪文を三回繰り返す。そうして心に浮かんだ景色が、未来の片鱗である――それがうちに代々伝わる未来視の秘術だ。
 別に未来になんて興味はないし、むしろ知らないほうが人生は楽しいと思うけれど。命じられるままに術を行使し、国の末長い安寧に貢献することこそが、僕たちの家に課せられた使命だった。
 禊で濡れた全身が、冬の北風にさらされて凍てつきそうだ。ガタガタと震える身体を横たえて、肺の深くまで冷ややかな空気を吸い込んだ。寒い。なんでこんなことをしなければならないんだ。そんな感情を鎮めて、神の意志が入り込める穴を心に開ける。
 ああ、浮かびそうだ。そう思った時、目の前に見慣れた顔が覗いた。
 瞬間、息が乱れる。空っぽにした心に数多の情動が駆け巡る。グシャグシャになった感情の奥で、仄暗い嫉妬と泣きたいくらいの愛おしさが混ざり合った。
「うわぁ。まだそんな時代錯誤な術、使わされてんの? バカみてぇ」
「うるさいなっ……せっかく視えそうだったのに邪魔すんなよ」
 何年も前に家を出て行った双子の兄が、嘲るように笑っている。ああクソ、僕はあんたとは違うんだ。あんたみたいに外の世界へ飛び出す度胸も、家を裏切る覚悟も、何ひとつない。
 ぴたりと、頬に温もりが触れた。氷みてぇと呟いた兄は、軽やかに僕へと手を差し伸べる。
「ま、良いだろ。もう上の言いなりになる必要もねぇんだし」
 この兄は何を言っているんだろう。僕のことを置いていったくせに。おまえの面倒まで見れねぇよとあんたが言うから、せめてあんたが自由に生きられるようにと、僕が上の要求に完璧に応えてみせることで、あんたを連れ戻そうとするヤツらを抑え込んでやっていたのに。
「後ろ盾は充分に手に入れたからな。迎えにきたぜ、一緒に行こう」
 兄のこんなに真剣な声を聞いたのは、人生で初めてかもしれない。息が止まる。驚きで感情が抜け落ちた瞬間、心にひとつの情景が浮かんだ。
 兄が笑ってる。僕も笑ってる。そんな幸福な未来の断片。思わずぽろりと、涙がこぼれ落ちた。
「うん。待ってたよ、兄さん」
 にっこりと微笑んで告げれば、ぎゅっと身体を抱き込まれる。回された腕の燃えるような熱さが、心地良かった。

7/16/2023, 11:08:03 PM