うどん巫女

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遠い日の記憶(2023.7.17)

「はぁ…っ…はぁ…っ…!」
息を切らせ、足を縺れさせながら走る。後ろから気配が迫っているのを感じる。はやく、はやく、ここから逃げないと。
「っあっ…」
行き止まり。目の前の壁は、無情に現実を突きつけた。背後の気配は余裕綽々といったふうに、悠然と歩いてくる。こうなることをわかっていたのだろう。
「鬼ごっこ、楽しかった?」
冷酷な目つきと長身に似合わず、存外幼なげな声で暗殺者は私に問う。何も言えないわたしに、少しつまらなそうな視線を投げた後、不自然なほどにっこりと笑って、彼は言葉をつづける。
「世間話でもしようよ。どうせ、最後なんだしさ」
懐からさまざまな道具を取り出しながら、なぜか楽しそうに男は話し続ける。
「俺はあんまりそういうのよくわかんないんだけどさぁ、よく親がちっちゃい子供に『どこでそんな言葉覚えてきたの』とか言うらしいんだよね。いやいや、それを言うお前は自分が今話してる言葉をどこで覚えたか覚えてるのかよ、って話なんだけど。」
あぁ、でも、と男はふと顔を上げた。
「俺はこの言葉だけはどこで覚えたか覚えてるなぁ」
右手でナイフを弄びながら、ゆっくりと男が近づいてくる。
「昔、母さんが言ってた言葉でさ。確か、首を強く絞めながら、こう言うんだよね」
そう言うと、男は自分の言葉を実行するように、右手のナイフを投げ捨てて、前触れもなく私の首をつかんだ。
「にっこり笑って、こう言うんだ。『愛してる』って。
…あぁ、もう聞こえてないか」

7/18/2023, 1:42:59 AM