9(鳥かご)※BL
逃げていいと、彼は言う。
「……どうしてまた、そんな事?」
首を傾げてしまった。それをされて困るのは彼自身だろうに。別に拘束され、繋がれている訳ではない。なし崩しに連れて来られた時出るなと言われた、ここから。いや、なし崩しでは無いか。
一週間前に共に飲んでいた。二人でよく行く居酒屋で、いつもの様に楽しく気楽に。そうして気付いたらここに居たから、薬でも盛られたのだろう。別に、それはいい。彼が自分に向けていた感情がどういったものか、気付かない程自分は鈍感ではない。自分が誰それと何をしたという話を聞くと自分では誤魔化しているつもりなのだろうが、険を帯びる視線もとっくに自分は気付いていた。だからと言って自分から彼を求める事はしないが。言葉も気持ちも、これは彼自身が答えを出さなければいけない事だ。だというのに。
こっちに選択権を委ねて、自分の心の言い訳に俺を使う腹積もりか。
人を思い通りに動かすのは好きだ。だが、自分が使われるのは好ましくない。この男の逃げに自分が使われるのは許せない。
「……」
黙りか。ふざけやがって。
こちらから歩み寄るつもりは無い。向こうが始めた事で、いつでも逃げられる状態のこのドアの開いた鳥かごに居るのは自分の選択だ。決してこの男がどうこうという理由ではない。
俺が選んで傍に居るのに、なにが逃げていいだ。帰って来て俺が変わらずここに居ると、心底安心した顔をするくせに。そんな顔をする癖にそんな試し行動をしないと安心出来ないか。くだらない。
「諦めるふりのごっこ遊びに付き合うつもりはねぇぞ」
ソファの背に寄りかかり、目の前で膝を着き項垂れる男を見下ろす。
「お前、俺じゃなきゃとか言ってなかったか?確かにお前は俺が居なきゃだろうが、俺はお前居なくてもやってけるぞ?」
ゆっくりと、俯いていた顔が上がる。その顔を見て、ソファに深く腰掛け直し笑みを浮かべた。
逃げろと言っておいて、他の人間の存在を匂わせた途端これだ。暗いながらも奥に強い光が灯っているのを確認して、この鳥かごに居着く事の確信を得る言葉を、男の口から出るのを待った。
7/26/2023, 8:52:33 AM