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 コンコン。
 使われていない教室でスマホをいじっていると、誰かがドアを叩く。
 ようやく来たか。
 私はそう思いながら、返事をする

「どうぞ」

 そう言うと、ノックの主である女子生徒は静かにドアを開けた。
 彼女は変装のつもりなのか、サングラスとマスクを付けている。
 そんなものを付けなくても誰にも言いふらしたりはしないのだけれど……
 まあ本人がそれで安心するなら、私からはなにも言う事は無い。

「例のものは?」
 私の事情など知ったことないかのように、彼女は淡々と用件を述べる。
 けれど、私も彼女の事情なんて興味はない。
 黙って『例の物』を差し出す。

「確認して」
 私が促すと、彼女は受け取ったものをその場で広げる。
 目の前に広げられたのは、一見何の変哲もないセーター。

 しかしよく見ると所々ほつれている。
 それどころか、左右の腕の長さも合っていない。
 まるで裁縫初心者が作ったかのようなセーターである。
 普通だったら失敗作の烙印を押されるセーターだ。
 だが彼女はそんな失敗作を見て、満足そうにうなずく

「ありがとう。
 これは代金よ」
 彼女は代金を払い、大事そうにセーターをカバンに仕舞うと、そそくさと教室から出て行ってしまった。
 ここにいるのを見られたくないからだろう。

 そんなに警戒するくらいなら、そもそも来なければいいのにと思う。
 けれど私は不格好なセーターを渡すことで金品を頂いている。
 感謝こそすれ、文句は何もない。

 けれど、思う所がないでもない。
 だってあのセーターは、きっと彼女の恋人に送られるのだろう。
 自分編んだセーターと言って……

 そう、セーター制作代理人。
 お金を受け取って、『頑張って編みました』感を存分に醸し出すセーターを作る職人なのだ。
 そして依頼人は、私のセーターを恋人の元に持っていき、
 『頑張って編んでみたの。
 その、変になっちゃったけどど着てくれる?』
 みたいな、あまーい言葉を吐き、いちゃつくのだ。
 あー、やだやだ。

 ちなみに綺麗なセーターを依頼してこないのは、『編み物が得意だ』と思われないための保険である。
 そんな危険を冒してでも、彼女たちは私からセーターを買う。
 一か月後に聖夜が控える恋人たちにとって、今が頑張り時なのだ

 私のやっている事を、何も知らない人が聞けば『自分で編め』と言うだろう
 私もそういう気持ちは少しだけある。
 けど私は軽率にそんな事は言わない。
 セーターを編むのは、なかなか根気のいる作業なのだ。

 一着を編むのに一か月。
 生半可な覚悟では出来ない。
 慣れてないのならなおの事。

 その一方、私は編み物が大好きで、時間があればいつも編んでいる。
 セーターには限らないが、編めるものなら何でも編む。
 基本プライドは無いので、たとえ不完全でも何も思わない。

 私は、好きなことをしてお金がもらえる。
 依頼人は、恋人に健気アピールが出来る。
 恋人は、プレゼントをもらって嬉しい。

 三者WIN-WINの関係。
 みんなが幸せになる、素晴らしいお仕事なのだ。

 私は編み物をする。
 編んだものを売ってお金にする。
 稼いだお金で毛糸を買う。
 買った毛糸で編み物をする。

 素晴らしい錬金術。
 好きなことが、お金になるっていいね!

 趣味と実益を両立させた、勝ち組なのだ。
 だがすべてを持っている私にも悩みがある。


「セーターを上げれる恋人、欲しいなあ……」

11/25/2024, 1:36:57 PM