23.『風が運ぶもの』『ラララ』『秘密の場所』
昔々あるところに、偏屈なことで有名な男がいました。
男は、風が運んできたものを集めるという、変わった趣味を持っていたのです。
風で飛ばされた瓦やトタンを拾って家を作り、飛んできた木の枝で暖を取って生活していました。
風が運ぶものの中には噂もありました。
例に漏れず、男はそれらも集めます。
情報が重要視されるこの時代において、真偽不明噂もそれなりに価値があるからです。
その情報を欲しがっている組織に売り渡せば、高く売ることが出来ました。
しかし中にはガラクタとしか思えないようなものもあります。
例えば風に流された風船、あるいは糸の切れた凧、誰も読まないチラシ……
それらのガラクタのような物でも喜んで集め、秘密の場所に隠すのが彼のライフワークでした。
ある日、風に流された紙飛行機が飛んで来たことがありました。
すぐに持ち主である少年が取りに来ましたが、紙飛行機を拾った男は頑として返すことはありません。
少年がどれだけ懇願しても返さず、返してほしければと法外な金を請求する始末。
お金を持って無い事が分かると少年を追い返し、紙飛行機を秘密の場所に隠してしまいました。
「金のない奴には用はない」
それが男の口癖でした。
男は普段からそのように振舞っていたので、近隣の住民からは嫌われていました。
しかし男は気にすることもなく、風が運んできたものを集めます。
そうして過ごしていた冬の寒い日のことです。
風に乗って風変わりなものが運ばれてきました。
「ラーララ、ラララ」
なんと歌声が流れてきたのです。
とても素敵で、どこか懐かしさを感じられる歌声でした。
男は思いました。
「なんと素晴らしい歌声だ。
我が家には音楽だけは無かったので、ちょうどいい。
持ち主が来ても知るもんか!
これは俺の物だ」
男はすぐさま歌声を秘密の場所に隠してしまいました
それ以来、毎日歌声を聞くようになりました。
それほどまでに、この歌声が気に入ったのです。
それから一週間経った頃でしょうか。
風に乗って、ある噂が流れてきました。
『とある国で子守唄が歌えなくなった。
そのせいで子供が寝なくて大変らしい』
何という事でしょうか。
男が隠したこの歌は、なんと子守歌だったのです。
海外の歌だったので、男は気づかなかったのです。
しかし、それを聞いた男は特に気にしませんでした。
「子守唄が無ければ、子供を寝かしつけることは出来まい。
だがそれが何だというのだ。
俺には関係ない」
男は今日も歌声に聞き入ってました。
その日の晩のことです。
男は夢を見ました。
夢の中では、男は小さな子供にでした。
そして母親らしき女性に膝枕をされ、子守歌を聞かされていました。
子供の頃の幸せな思い出。
偏屈な男ですら、ずっとこのままでいたいと思わせるほどの優しい時間。
しかし夢には終わりがあります。
目を覚ました時、男は涙を流していました。
男はようやく気づいたのです。
自分のような偏屈な人間にも幸せな頃があった事を……
そして自分の勝手な満足のために、多くの子供たちの幸せを奪っている事を……
「俺は何という酷い事をしたのだろうか……
これは俺だけが独占していい物じゃない。
みんなに返そう」
そう言って秘密の場所から子守唄を取り出し、風に乗せました。
これで歌声は風に乗って再び元の国へと戻り、子守唄が歌われるはずでしょう。
男は、風に乗って離れていく歌声を見送り、満足そうにうなずきます。
「ああ、これも返さないとな」
そう言って、秘密の場所から紙飛行機を取り出します。
男は、子供の頃に紙飛行機で遊んでいた思い出もよみがえったのです。
男はすぐに街へ行き、少年に紙飛行機を返しました。
少年はとても驚きましたが、すぐに笑顔になりました。
「おじさん、誰が紙飛行機を飛ばせるか競争しよう」
こうして近所の子供たちを巻き込み、紙飛行機大会が開催されました。
男はビリになってしまいましたが、とても楽しい思い出になりました。
それ以来、男は意地悪をしなくなり、街の人たちとも仲良くなったそうです
それ以降、はっきりとした男の動向は判明していませんが、風の噂によるとリベンジを果たすためによく飛ぶ紙飛行機の研究をしているそうです
おしまい
3/10/2025, 9:29:41 PM