《雨の香り、涙の跡》
「あれ、また雨か……」
6月も後半戦。梅雨真っ只中のある日の放課後、俺、齋藤蒼戒は生徒会室で月末の文化祭の準備の途中でふと窓の外を見て呟く。
時刻はすでに午後7時近く。随分と日が長くなったとはいえ、雨が降っているからか、窓の外は薄暗い。
「うわー、降ってきやがった……」
「俺今日傘持ってないんだよなー。参ったなー」
「この様子じゃすぐに土砂降りになるぞ。今日はもうお開きにしようかね、蒼戒君」
そう言って俺と同じく窓の外を見るのは会計の西川先輩、東先輩、そして極夜先輩だ。ちなみに会長や書記、議長団などはそれぞれ部活等々で準備があるらしく、今生徒会室にいるのは俺たち4人だけ。
「そうですね。もうこんな時間ですし。俺はもう少しキリのいいところまでやりたいんで先帰っててください」
「もう完全下校も近い。終わりにした方がいいと思うが」
「大丈夫です。今ここで切ると後々面倒なので……」
「そうか。それじゃあお先に失礼するよ。東、西川、行くぞ」
「「おう!」」
極夜先輩は東先輩と西川先輩を伴って生徒会室を出ていく。
「…………ふう……」
3人が出て行ったところで俺はふっと息をつく。俺もさっさと仕事を終わらせて帰らなければ……、と思っていると。
ピカッ、ゴロゴロゴロゴロ……ドォーーン!
突然大きな音がして、部屋の電気が消えた。
「え、停電?」
視界が突然暗転し、俺は見えないとわかっていながらも周囲をキョロキョロと見回す。
段々暗闇に目が慣れてきたので、手探りで電気のスイッチを押してみるが、つかない。
「……近くに雷でも落ちたか……」
仕方ない、このままじゃ仕事にならないし、今日はもう諦めて帰ろう。
そう思って俺は時折夜空を駆ける雷の光を頼りに昇降口へ向かう。
「あ、しまった、傘ないんだった……」
こんな日に限って折りたたみ傘を持ってくるのを忘れたことを思い出す。今度から折りたたみ傘2本持とうかな……。
何はともあれ、この土砂降りの中傘も差さずに外に出るほど命知らずではないので、昇降口でしばらく雨宿りをすることにする。
パラパラパラパラ……、ゴロゴロ……。
周囲には雨と雷の音だけが響き、雨の日特有の自然の香りがする。
……雨は嫌いだ。いや、違うな。雨が嫌いなんじゃない。
水が嫌いだ。だって水は、姉さんの命を奪った。それも、真冬の冷たい冷たい水が。
時々考えることがある。真冬の水は冷たかっただろうか、と。苦しかっただろうか、と。
そりゃあ冷たかったに決まってる。苦しかったに決まってる。その時のことを考えるといつも、息が上手く出来なくなる。
「…………っ……やっぱり雨、やだな……」
俺は頭を振って、大きく息を吸う。頬を伝うのは、いつのまにか跳ねていた雨粒か、それとも涙か。
「……早く、止めばいいのに……」
路上の水玉をぼんやり見ながら呟いたその時。
「……あー、オメーまだ学校にいたのか! ったく探したぞー!」
突然そんな声が聞こえて顔を上げると、この土砂降りの中を傘を2本持った春輝がこっちに向かってくるところだった。
「春輝?」
「よかったー。うち停電しちまってさー。いくら電話かけても繋がんねーし、そーいや蒼戒の傘うちにあったよなーつって探しに出てみたんだよ」
「よくもまあそんな土砂降りの中を……。濡れただろ?」
「まあいつものことだって。さ、帰ろ。蒼戒」
春輝は屋根の下までやってきて、俺に傘を渡す。
「……ありがとう。帰るか」
「ああ。てかこの辺も停電してるっぽいけど大丈夫だった?」
「……まあなんとか」
「……ふーん。じゃ、行くか!」
春輝は深くは追求せずに雨の中を飛び出していく。俺は少し迷ったが、涙を拭ってすぐにその背中を追いかけた。
(終わり)
2025.6.19《雨の香り、涙の跡》
6/20/2025, 10:15:08 AM