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※BLです。苦手な方は飛ばしてください。












目の前にいるのに遠い背中。
手を伸ばせば届く距離なのに、伸ばした手は空を切る。この人の瞳に映りたくて、ここまでがむしゃらに頑張ってきた。
笑う顔も、真剣な眼差しも、全部俺だけのものになればいいのに。俺だけを見て、俺だけに笑いかけてくれたならどんなに嬉しいか。
そんなこと言えやしないけれど、本当はいつも思ってる。俺だけが好きで、俺だけがいつもアンタの事ばかり考えて、頭の中は毎日アンタで埋め尽くされてるんだ。

先輩がここから旅立つ最後の日、涙でぐちゃぐちゃになった俺の頭を先輩は殊更優しく撫でてきた。
いつもならそんな俺を揶揄うくせに。
なぁに、もしかして泣いてんの?なんて笑いながらぐちゃぐちゃと髪をかき混ぜるくせに。
最後なら優しくしないで。
俺のことが好きじゃないのなら、期待なんかさせないで。いつもみたいにバカだなって笑ってよ。
「なぁ、来るんだろ?来年」
頭を撫でていた手が、ゆっくりと下がりそのまま俺の頬に添えられる。
「待ってるから」
早く俺のところまで来いよ、と言いたげな視線にますます目頭が熱くなった。親指で優しく涙を拭われて、恥ずかしさに顔を背けてしまいたくなる。だけど俺ばかり意識しているのが悔しくて、眉間に力を入れて見つめ返した。
「あったりまえでしょうが!すぐに追いついてみせますよ!」
フンスッと鼻から息を吐く。来年、俺が来るのをひとりで待っていればいいんだ。
「そっか」
安堵したようにくしゃりと目元を緩めて笑う姿に、どうしようもなく心が揺さぶられる。
俺のことなんか好きじゃないくせに。
俺のことなんてただの後輩としか思っていないくせに。
なんでそんな顔するんだよ。
本当に先輩はずるい人だ。でも悔しいけれど、好きで好きで、どうしようもないくらい大好きなんだ。
どんなに願っても叶わないこともあるとわかっている。だけど、このまま後輩のままで終わらせたくない。
先輩の胸ぐらを掴んで引き寄せて、間にあった距離を無理矢理取っ払ってやる。
いつも俺を揶揄う瞳が至近距離でまあるく開かれた。
見たこともないくらい間の抜けた顔に満足する。
「ざまーみろ!」
次会うときまで、俺のことで頭がいっぱいになってしまえと、先輩の唇を奪ってやった。
「おっまえなぁ」
先輩は怒ることもなく、ただ呆れた声を出す。
「すんません!」
涙を拭ってわはっと笑顔を向けると、しょうがねぇなあと笑い返してくれた。きっと俺の気持ちに気づいただろう。気づいてなお、いつも通り笑ってくれる。
だから俺も、これ以上はなにも言わない。
来年、また同じ場所に立てたなら、その時は——

遠くで仲間たちが俺たちの名前を呼ぶ。
「行きましょうか」
先に歩き出した俺の背中に、優しく俺の名を呼ぶ先輩の声が届いた。
「来年までよそ見すんなよ」
振り向いて、今度は俺の瞳が丸く開かれる。
トクリと高鳴る心臓に手を当てながら、とびきり優しく微笑む先輩を目に焼き付けた。

5/3/2023, 7:21:22 AM