池上さゆり

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 その愛はまるで呪いのようで。ママの言うことさえ聞いていればあなたは幸せになれるからと繰り返していた。そこに私の意思は存在せず、何かをやりたいと言うたびにダメ出しされた。少しずつ削られていく自尊心に私は気づかないふりをした。

「ねぇ、お母さん高校卒業した後どうしたらいいと思う?」
 本当は進学したかった。だけど、母の進学しようという言葉がない限り何もできない。
「そうね、お母さんが結婚相手を見つけてくるからすぐに籍を入れましょ。婿入りしてもらって一緒に住んでくれたら安心できるわ」
 その言葉通り、二十歳になる前に私は結婚した。完全に面識のない人だったが、清潔感のある真面目そうな人で二つの意味で安心した。彼も母の犠牲者になる。そう思うと少しだけ心強かった。
 だが、私が期待していた生活はなかった。結婚してしばらくは旦那が仕事に出て、昼間は母と二人で生活していた。だが、学生のように勉強に逃げることはできず息苦しい生活が続いた。夜は旦那が帰ってきて、三人で食卓を囲んで、リビングでゆったりと過ごしていたがどことなく緊張感があった。きっと旦那も落ち着いた気持ちで生活はできていなかったのだろう。
 結婚して数年経つと、今度は母が孫を欲しがるようになった。母に言われるがまま子作りして、運よくすぐに妊娠することができた。
 だが、妊娠が発覚して母性が芽生えた。子どもが生まれる前に母の元から逃げないといけない。今まで逃れられない呪縛だと思っていた母の生き方は、孫にも同じようなことをするに違いない。
 夜、旦那と二人っきりになった時間に夜逃げを提案した。彼はすぐにそれを受け入れて二人で計画を練っていった。私は家から出ることができないから、母がいなくなる時間を常に探した。旦那は有給を使って、物件を探したり、夜逃げの手助けをしてくれる人を探してくれた。
 夜逃げ当日、旦那の友人が手助けしてくれたおかげで順調に家を出ることができた。初めて母の手元から逃れて感じる夜風はすべての不安を吹き飛ばしてくれるようで、心まで涼しかった。

5/23/2023, 2:00:57 PM