すべて物語のつもりです

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 好き嫌いが多いわたしは、いつも料理を作ってくれる彼女の顔を歪ませる。
「ねえ。」
 不機嫌そうな彼女の声が、扇風機の風音だけが響くリビングの生温い空気に伝わった。
「なに?」
 なにを言われるかはわかっているけれど、気付いていないフリをする。そんなことを毎日している。
「その端っこに寄せられてるものはなに?」
「だって、グリーンピース好きじゃないもん。」
 わたしの言葉に返ってきたのは、彼女の深いため息だった。
「あんたさあ、作ってる私に失礼だと思わないわけ?」
 彼女もこの言葉を毎日繰り返している。お互い、よく飽きないものだと、わたしは他人事のように思う。
「嫌いなものは嫌いなんだから、仕方ないじゃない。」
 嫌いなものは嫌い。そんな自分の言葉に自分で頷く。
 職場の上司も嫌い。虫も嫌い。他所の家から聞こえる笑い声も嫌い。SNSで自慢を繰り返す、いつかの同級生も嫌い。グリーンピースだって嫌い。彼女の好きな人も、嫌い。
 チキンライスの中には嫌いなグリーンピースや人参も入っている。人参は頑張って飲み込んでいるのだと、彼女は気付いてくれない。
「やっぱり、食生活が合わない人と同居するもんじゃないわ。」
 彼女はそう言って、コップ一杯に入っていたビールを飲み干す。
 彼女の口元についた泡が膨らんで、消えていく。
 彼女の好きな人は、彼女と食の好みが同じなのだろうか。彼女はこんにゃくが嫌いで刺し身も嫌いで、ついでに濃口醤油も嫌いだけど、その人はそのことに気付いているのだろうか。
「わたしだって、好きなものはあるもん。」
「あっそ。」
 彼女の素っ気ない言葉さえ、わたしには美しいものに聞こえる。酔っ払うと彼女の頬はかすかに赤くなって、耳は真っ赤になる。わたしが嫌いなものは料理にふんだんに入れるくせに、自分の嫌いなものは一切入れない。わたしは洗濯と掃除を毎日しているのに、彼女は一つもお礼を言わない。なのに、わたしから彼女へのお礼は強要する。そういうところも含めて大好きなのに、彼女は気付いてくれない。
 この同居生活がまだ終わらないように祈りながら、スプーンでグリーンピースをすくったわたしにも、彼女はやっぱり気付いてくれなかった。

6/12/2023, 12:29:27 PM