子どもたちが夏休みに入ったからか、近所の公園は朝から賑やかになった。
水鉄砲で撃ち合いをしたり、シャボン玉を飛ばしては追いかけたり、ブランコから靴を飛ばしたり。
はしゃぐ子どもたちとは対照的に、大人たちは日傘を差しながら照りつける日差しに眉を寄せていた。
ご苦労さまです。
暑いなか子どもたちを見守る大人を労りながら公園を通りすぎる。
一歩足を前に出したとき、コロン、と黄色いシャトルが転がってきた。
「ごめんなさいっ」
顔を上げれば、少し離れたところから声がかかった。
今日は大して強く風も吹いていないのに、こんなところまで飛んでくるのか。
地面に転がった黄色のシャトルを拾った。
黄色のシャトルなんて初めて見る。
昔、彼女の隣にいた相手が俺ではなかったとき。
風の影響を受けやすいからと、真夏の体育館の窓を全て閉めきっていった彼女の姿を思い浮かべた。
彼女も昔は、無邪気に外を駆け回り羽を追いかけていたのだろうか。
「ありがとうございますっ」
「気にしないで」
持ち主が元いた場所に戻れば、再びシャトルは空を舞った。
青空の上を、黄色のシャトルが追いかけるように羽ばたいた。
飛べ。
不器用に空を舞う黄色の羽を見上げた。
*
彼女が帰宅した夜、落ち着いたタイミングで今日の出来事を話してみる。
「黄色のシャトルなんてあるんですね」
「…………どうしたの、急に」
ソファでくつろいでいた彼女が、目を丸々とさせて俺を凝視した。
「いえ、近くの公園でバドミントンをしていた子たちがいたので」
「あぁ……。それなら屋外用、だと思うけど……」
じい、と彼女は訝しむ視線を送った。
「……まさか、遊んだの?」
「はい?」
「バドミントン……」
「はあっ!? そんなわけないでしょうが。通りすがりに見かけただけです」
とんでもない誤解をしてくれたため、しっかり訂正しておく。
相手は小学生くらいの女児、だったと思う。
そんななかに見知らぬ成人男性がいきなり入り込むとか、完全にやばいヤツだ。
普通に通報案件である。
「ただ……昔のあなたも、あんなふうに公園で無邪気にバドミントンしていたのかな、とは思いましたね」
「ずっとクラブチームにいたから外ではまともにやったことない」
「……」
生まれたときから、彼女はシャトルとともに歩んできたことは聞いている。
エリートは最初からずっとエリートだった。
「遊びたいならつき合うけど」
「あなたとスポーツは肺が潰されるのでけっこうです」
過去に運動不足を解消しようと、彼女とジョギングを楽しもうとしたら見事に肺を潰された過去がある。
性差なんてなんの役にも立たなかったし、追い討ちといわんばかりにさらに一周走り込まれて心までへし折られたのだ。
「……ちゃんと加減するよ?」
「それは前提条件でしょうが」
広い体育館に、俺には決して見せない顔で彼女は君臨する。
期待と羨望、重圧と好奇。
全てを背負わされて彼女は飛び回った。
狭い白帯の内側で世界の頂点まで羽ばたく彼女の姿は、誰よりも不自由で美しい。
「俺を壁にしようとしないでください」
「そっちがよそ見するからでしょ」
「はあ?」
とんだ言いがかりに思わず声をあげてしまうと、彼女は携帯電話の画面を俺に向けた。
「今度、光るシャトル買ってあげるから。遊ぶなら私と遊ぼうね?」
「は? なんですか、それ。遊びます」
光り物と可変形は男のロマンである。
すっかり光るシャトルに心奪われた俺は、いとも簡単に彼女の口車に乗せられ、肺を潰されることになるのだった。
『飛べ』
7/20/2025, 7:09:55 AM