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静まり返った部屋、窓の外の土砂降りの大雨。
木製の四本脚で、長方形の机。机の上には先程まで
暖かった深みのある大皿や小皿に入った数々の
料理達が、暖色系の明かりに照らされ置かれている
私は眉間に皺寄せて目を細め、机の向かい側に
置かれた椅子、正確には椅子に座っていた彼がいた空間を眺めていた。はぁ〜と長い溜息をつき、一言呟く。
バカみたい。
彼の浮気が判明し、喧嘩をしたのだ。
浮気相手は恐らく、職場の女。一度見た事がある。
彼の仕事は夜遅くまで掛かるのは理解出来ていた。
理解しようとした。
だが、帰ってくる彼の顔をみるたびに思うのだ。
何故、楽しそうなのか。何故、肌艶が脂っぽい。
何故、首筋の辺りに小さな赤みがあるのか。
何故、ワイシャツの襟の辺りに黒いインクの汚れや
オレンジ色の汚れがあるのか。
神経質な事だと思っていたが、連日続けば
疑惑は確信に変わる。
一度、愚鈍になり、考えれば私の事を想っていたと、
脳内で押し広げれば気にする事ではない。
そう思っていたが、甘かった。欺瞞に駆られた私は
彼の職場の前で探偵の真似事をして、張り込む。
そして深夜近く…………やはり、そうだった。
職場の正面入り口から二人出てくるのを、私は暗闇に飲まれた木陰から見据えた。女は彼と腕を組みながらホテルに向かった。
昔ながらの駐車場から部屋に繋がる、黒いゴム製の切れ目が入ったのれんが駐車場の入り口で揺れている中、彼と女は隣にあるホテルの正面入り口に入っていった。
彼の営みの流れは巡る思い出の中で幾度も体験しているので、あの女ともきっと同じであろうと思うと、酷く汚された気分になり、嗚咽を漏らすも、
ホテルの正面入り口から視点を上げていきホテルの上まで眺めた。その後、自宅の風呂場で隅々まで身体を洗い上げ、
女と彼の情事を想像し、歯が少し見える位、口角を上げて嗤うと、シャワーヘッドを持っていないもう片方の手が鼠径部に近付き、一人慰めようと
指先が蠢いたが、我に戻って湧いた怒りと自己嫌悪が指先を止めた。口角は下がり、歯は隠れると
溢れる涙と共に頭の頂点からシャワーで洗い流した。

浮気相手の女は私に無い物を彼に補った。
私に無い、ハリのある肌艶や、
指が沈み込む程の豊かな胸、
いつでも歯を見せて笑う口元。
否定せず、自尊心を立たせるアイドルの様な口調。
肉置きの良い身体つき。その女に勝てる要素は
彼と過ごした時間の長さ位だろう。彼はその女の
肉体に魅了されているだけだ。きっと風俗に通う
男共と同じ様な、下半身だけで繋がる関係だろう。
心など無い。彼の心は私の物だ。あの女には彼との時間が短い。彼がどんな顔で笑い、どんな顔で怒り、どんな顔で悲しむか…………何度肌を合わせようと。傲慢にも思えるその感情がシャワーヘッドから流れる湯の熱によって絆されて昂る。シャワーヘッドから流れる湯を止め、水浸しの頭のまま、風呂場で考えを巡らせる。
彼が帰って来ても、その女と快楽を貪っていた過去は変わらない。なんと言うべきか。何も言うべきではないのか。そして現在。

もう一度、溜息を付き、頬杖をついていた両掌を
机について、フラフラ椅子から立ち上がる。
相変わらず、四角い窓の外では土砂降りの大雨が振り続いていた。私も玄関から飛び出し、駆け出していっそ大雨の中で
濡鼠になろうか。と過るがやめた。
机の上の冷めた料理には手を付けず、
ラップを掛けていった。そして近くにある
少し草臥れた二人掛けのソファに
ドカッという効果音が付きそうなアクションで
座り込むと目の前にある硝子製で透明な座卓から
リモコンを取り、テレビの電源を入れた。
一瞬、座卓に置かれたタバコの箱に目が留まるが
無表情でリモコンのチャンネルボタンを押した。
目には写るが、一切、頭には入らなかった。
テレビに流れる映像をみながら、脳内では彼との
思い出が、出会いの瞬間から現在の瞬間まで、
早送りで流れていく。呆然とテレビから流れる
映像や音声に目や耳を傾けながら、
静かに涙を流した。
両眼から一筋の涙が落ちて行ったが、気にもとめず
粛々と泣いた。
これが一つの恋の終わりと始まりだ。

3/22/2026, 2:21:31 PM