喪失
「はい、チーズ」
下駄箱を整理していると、離れた所からそんな声が聞こえた。
みんな学校の至る所で最後の制服姿を写真に収めている。
楽しそうな目元をする彼らを横目に隣のロッカーを少し見つめて、帰路についた。彼女の目は少し悲しそうだった。
家に着いた彼女は今日もらった卒業アルバムを開いた。
「この子、こんな顔だったんだ。」
「笑う時こんなに風に笑うんだ。」
1人1人の顔写真を見つめては、呟いた。
彼女の目は、ピタリと止まった。
「....もう1回、見たかったな。」
彼女が優しく触れたのは1人の男の子の写真だった。男の子は写真の中で弾けるような笑顔をして、まるで向日葵のようだった。
しばらく見つめた彼女は、棚からもう1冊卒業アルバムを取り出した。
数ページめくると、また彼女は手を止めて写真を見つめた。違う制服を着た、少し幼い顔の少年は、向日葵のような笑顔でこちらを見ていた。
どれほどその2枚の写真を見てたのだろうか、彼女は今日もらった卒業アルバムを閉じ、棚の奥にしまった。
まるで、もう二度と見る気はないようだった。
再び、少年の写真を見た彼女の瞳からは、大粒の雫が溢れた。
「かわいく、なりたい。」
少し声がかすれ、少年の写真を指でなぞった。
「成人式で会う時、後悔するくらい美人になってやるからな。」
挑戦的な台詞と対称的に、雫は更に溢れた。
しかし、写真が濡れる心配はいらなかった。生まれたばかりの雫はすぐに消えていった。
彼女の顔を覆う白い布が、全てを吸い取り跡を残させなかった。
そして、棚にしまわれた卒業アルバムがこちらを見つめていた。
彼女が見なかった先の写真は、白い布が少年少女たちの顔を覆っていた。
9/11/2024, 4:20:13 AM