青波零也

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 ここではないどこか。此岸に対する彼岸、伝承の土地におとぎの国、もしくは、いくつも存在し得るといわれる並行世界。
 そういうものを、僕らは十把一絡げに『異界』と呼ぶ。
 一般的には夢物語とされているそれは、『異界』の影響を監視する家系に生まれついた僕にとっては極めて身近なものだ。
 ただ、『こちら側』から積極的に『異界』に干渉するすべは、それこそこの国の歴史が記された頃から存在するとされる本家ですら持ち得ないとされていた。
 だが、限定的にではあるが積極的な『異界』への渡航を可能とした研究者のチームが現れた。
 彼らが正しく『異界』へのアプローチを深めていくならよし。しかし『異界』の事物を用いて『こちら側』に混乱をもたらすならば――。
 かくして僕は「監査官」としてここにいる。
 とはいえ、彼らはいたって真面目な研究者であり、また自らの立場もよくよく理解しているように見えている。今のところは。
 だから僕は今日も、まだ見ぬ『異界』への第一歩――僕らの歴史の中でも稀なる異界研究の芽吹きを彼らと共に見つめているのだ。


20250301 「芽吹きのとき」

3/1/2025, 11:14:45 AM