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あの夢のつづきを



ホールに響く音、ライトで煌々と照らされたステージ、仲間の真剣な眼差し、先生の道しるべ。

心が熱くなるような、泣きたくなるような、叫びたくなるような、切なくなるような…そんな複雑な思い全てが混ざって音となり、ホールを震えさせる。
青春の3年間をこの一瞬のために捧げてきたと言っても過言ではないほど、私たちは努力をしてきた。
"本番で実力以上ものもは出せない"よくそう言われているが、間違いなくこの瞬間は、今までとは違う響きがそこにはあった。

全日本吹奏楽コンクール 全国大会。

吹奏楽の甲子園とも言われるこのコンクールは、野球のそれと同じように、地区、県、支部、そして全国と、狭き門を潜ってきた精鋭達が音でぶつかり合うものだ。
ほぼ全員が、あの真っ黒なステージで演奏することを夢見ている。
そこに向かって学生たちは日々努力を重ね、音を重ね、譜面を重ねていく。

一体、この最高の瞬間を迎えるために、どれ程の音を出してきたのだろう。どれだけ涙を流し、唇を噛み、下を向き、そしてまた顔を上げてきたのだろう。

実際にステージに立つと期待に押しつぶされそうになった。ステージから見る客席は、圧巻以外の何ものでもなく、ただただその重圧に押しつぶされるしかなかった。
手が震え足が震え、音も心も震えた。
きっと他のみんなもそうだったに違いない。ステージに魔物は確かに居るようだ。
リードに当たる唇がかさりと音をたてた。
でも、ここまで来たんだ、もうやるしかない。
そう気合を入れ直し、唇を舐めると、もう指揮と仲間の顔しか目に入らなくなった。

そこからは夢のような時間で、確かに、私たちの音は客席に届いた。

私たちの中で最高の演奏だった。先生もそう褒めてくれたし、聞きに来てくれていた親や友達からもそう言われた。

しかし、同時に現実を突きつけられたのも事実だった。
あんなに自分達の120%を出しても、"金"には届かないのだと思い知らされた。

それでも楽しかったんだ。


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ふと、目を開けると、そこは見慣れた天井だった。
あの輝かしい日から10年。
私は大学に進学後、普通のOLとなっていた。
凹もない、凸もない平凡な毎日を送っている。
あの日と今の日常にあまりにも差がありすぎて、私はいまだにあの日の夢をよく見る。
心のどこかで、しんどかったけど、楽しくて毎日が充実していたあの日に戻りたいと思っているのだろう。
あまりにも輝かしい青春は、対応しきれないギャップを生む。
きっと、あの瞬間を越す何かが起こらない限り、私はこうして過去に夢を見続けるのだろう。
戻れないと分かっているのに、あの夢のつづきを私はまだ見ていたくて、そっと目を閉じた。


end...

1/12/2025, 5:10:33 PM