—緊張の本番前—
大事なピアノの発表会が、目前まで迫っていた。緊張のせいで指先が震える。
自分の頬を両手で二度叩き、緊張を和らげようとするも、なかなか落ち着かない。
「カスミ、大丈夫かー」
父がやってきた。きっと外で煙草を吸っていたのだろう。コートから匂いがする。
「まぁ……」ぶっきらぼうに返事した。
「何だ寒いのか?」
私の手を見て、父は訊いた。
緊張のせいだよ、と言おうしたその前に、父の手が私の手を包み込んだ。
「指が動かないと大変だからな、あっためてやるよ」
「別にいいから!」父の手を振り解いた。
その手は意外と温かかった。
そしてすぐに私は呼ばれた。
「……いってきます」
「あぁ、頑張れよ。あっちで応援してるからな」
観客席の方を指さして、笑顔でそう言った。
別に見なくてもいいのに、と心の中で思った。
何故か緊張が少し和らいでいた。
私は大きく胸を張って、戦場に乗り込んだ。
お題:凍える指先
12/10/2025, 2:45:51 AM