泡藤こもん

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「『おうち時間でやりたいこと』? 」
私の手元の雑誌、大見出しに書かれた文字を読み上げて、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「ええと、この特集だと⋯⋯『自宅でゆっくり体を休める』『他人に気を遣わずに自然体の自分で』とか」
「なぁにそれぇ」
体を動かすことが好き、アウトドア派、と常日頃胸を張る彼女だ。そもそもとして考えが理解出来ないようで、鈴を転がすような美しい声を立てて笑った。
「お出かけ、楽しいよ! いーっぱい、体がへとへとになるまで動いてね、ゆっくり腕を伸ばす時の気持ちよさったら!」
にこにこと笑顔を浮かべていた彼女が、ふっと眉を下げ、「最近はしてないけど」と呟く。
「⋯⋯出かけるのが大好きだったんだね」
「うん、そうだよ! 貴方はおうちが好き? それとも、お出かけが好き?」
「最近は出かけるのも好きかな。貴方に会えるから」
だから最近、読まずに詰んだ本は増えてきたし、アイロンのしていないシャツは皺だらけだし、部屋の隅には埃が積もってきた。
それでも今の私は彼女から目が離せない。彼女に会う前の自分が思い出せない。彼女に夢中だ。
また「なにそれー」と彼女が笑う。
「貴方はおうちは好きになれそう?」
「楽しいよ! 狭いのは嫌だけど、お水はいつも綺麗だしご飯も沢山貰えるし、それに、貴方みたいな面白い人にも会えるからね」
「それなら良かった」
水槽のガラスに手を当てると、人魚はくすくす笑いながら反対側から手を合わせてきた。

5/14/2023, 9:51:15 AM