バスクララ

Open App

「君、無人島に行くならば何を持っていくかね?」
 二人だけの文芸部。そこで先輩がクロスワードパズルとにらめっこしながらそう訊いてきた。
 私は次のコンクールに出す小説のプロットを考えているというのに、自由な先輩だ。
 ……まあ、今に始まったことじゃないけど。
「無人島なんかに行きたくはないですけど……
どうしても何かを持っていくと言うのなら水と食べ物ですね」
「うむ、なるほど。君はそういう考えなのだな。
かくいう私も無人島には進んで行きたくはない。だが何か持っていくとなれば虫よけスプレーを持って行こうと考えているな」
「はあ。なぜですか?」
 先輩はよくぞ訊いてくれた! とばかりに目をキラッと輝かせにんまりと笑う。
 あ、スイッチ踏んじゃったと思った時にはもう遅い。
「無人島と言うからにはそれなりの理由があって人が住めない、住んでいたがいずこかへ去ったのだろう。
どちらにせよ人の手が入っていない完全な野生環境には相違ないのだ。
そこに人が入ってきたら格好のエサになる。よほどの強者でない限り人は脆弱だからな。
危険な獣だとかは視認できるから状況によっては避けることもできる。
だが虫、とりわけ蚊などはどうだ? いつの間にか刺されていた……なんて経験したことあるだろう?
蚊はマラリアなどを運び、人を死に至らしめることのできる存在だ。人を除けば人を殺す生き物第一位なのだからな。
だから私は虫よけスプレーを持って常に蚊に刺されないよう……聞いているかね?」
「聞いてますよ」
「うむ、それは良かった!
どこまで話したっけ……ああ、そうだ。
蚊に刺されないよう肌という肌に塗り込んで……」
 そしてまた先輩は水を得た魚のように饒舌に語り始める。
 今日はもうプロット考えるの無理だな。
 私はそう諦めて先輩の話に相槌を打つ係になった。

10/23/2025, 1:10:37 PM