彼女は何かを恐れていた……んだと思う。
それは学校にいる時の彼女の顔が、ここは戦場ではないかとこちらが勘違いするほどに険しかったから。
「この後、雨だって」
泣き出しそうな雲が浮かぶ帰り道、彼女は折りたたみ傘を持っていなかった。僕はそれを彼女と一緒に帰る口実にしようとした。母さんが入れた折りたたみ傘と僕が用意した傘。ぼくは前者を彼女に手渡した。
彼女は「降るとは限らないじゃない」とポツリと呟いて、でも結局「ありがとう」と受け取った。日本人形のような姿形の彼女に不似合いな、ピンク色の傘だった。
2人でグズグズと浮かぶ雲を見上げて帰った。
僕は彼女と話がしたかったのだが、例のあの、険しい彼女の顔がそれを拒絶していた。もうここは、学校ではないのに。
「何が怖いの?」
僕たちが別れる交差点、僕は意を決して口を開いた。
「怖い?」
「こ、怖いんじゃないの?」
キョトンとした彼女と、見当違いだったかと焦る僕。沈黙を破ったのは彼女だった。
「怖くなんか……ないよ」
意味深な間だった。ためらいが見える間。やはり何か怖がっているのではないか。そうでなければあの、
「険しい顔は何なの?」
彼女はハッとして自分の顔を抑えた。自分で確かめるようにペタペタと触っている。しばらくそうした後、彼女はふいに言った。
「……が、……い」
くぐもって聞こえない。更にベールをかけるように彼女の声に、雨音が混じりだした。
「……いの」
彼女はそれだけ言い残すと、突然走り去ってしまった。
ピンクの傘は閉じたまま。
彼女があの時言いそびれた……
僕が聞きそびれた言葉は、何だったのだろう。
また明日、傘を返してもらう口実に聞こうと思った。
9/4/2025, 1:16:30 PM