【始まりはいつも】
トントン、トントン。
ドア越しに聞こえてくる野菜を切る包丁の音。それが我が家における一日の始まり。
枕元のチェストに置いてある眼鏡に手を伸ばし脱いだ寝巻きを手に階段を降りると。出汁の旨みを含んだ味噌汁のいい香りが鼻腔をくすぐった。
「おはよう」
「おはよう、あれ?買い替えたの?」
俺が指しているのは先ほどまで使われていたであろうまな板のことだ。長年使っていた木製のものが寿命を迎えたため、先週手入れの楽な薄手のものに買い替えたはずだった。
「やっぱりね、音が違うのよ」
「音?」
「木のおとじゃないとなんだかシャキッとしなくて」
昨日までいた白いまな板はそこには無く、木でできた厚い板が新しいはずなのに馴染みよく台所に立てられている。
木の優しさ、なんて抽象的な表現は好きではないが、どうやら我が家の始まりに必要なのは『いつものそれ』だったらしい。
10/21/2023, 9:58:49 AM