じゃあね、と手を振って駆け出そうとする君に、何の宛もないのにまって、なんて呼び止める言葉が飛び出た。
「どうしたの?」
屋根と空の中間、すぐ後ろに雨空を背負って君が立ち止まる。
呼び止めたところで君を引き留める言葉を知らない僕は、目線を滴り落ちる雫に彷徨わせることしか出来ない。
少しかしげられた首に、柔らかそうな黒髪が揺れる。
「まだ雨降ってるからさ」
「うん」
「だからさ」
心臓が飛び出しそうなほどに鼓動を速める。
傘を持つ手に力が入った。
「もう少し、ここで話してかない?」
君の顔が見れない。
屋根を打つ雨音だけがやけに響いた。
君が小さく笑った声がする。
「うん。そうする」
安堵の息が漏れるのと一緒に手に入っていた力が抜けた。
顔を上げて交わった視線に、君が一歩前に出る。
「それでさ、その後は君の傘に入れてよ」
私、持ってないんだ、なんて綺麗な指が僕の手に収まる傘を指した。
また心臓が音をならす。
迷うまでもない返事を君に渡した。
君が太陽みたいな笑みを見せる。
あんまり好きじゃなかった雨の日が、大切な日になった。
まって
5/18/2025, 11:14:00 AM