月凪あゆむ

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ぬるい炭酸と無口な君

 今日も、散々だった。
 嫌みな上司、わかってくれないお偉いさん。
 一つのミスに対して、10の言葉が付いてくる。
 もう、こんな会社いやだ。

 心の限界を感じながら、目の前にはよく使う自販機。
「……ビール……」
 と、手を伸ばすと。

「こっちじゃダメ?」

と、手首にちょっと冷たいペットボトルが。
「え……」
 見れば、唯一の同僚がいた。確か彼は、数時間前に仕事は切り上げていたはず。
「…………」
 無言で見つめ合う私たち。すると。
「ん!」
 とん、と。
しびれをきらしたのか、頭にペットボトルを軽くぶつけられる。
「……くれるの?」
「お疲れでしょ」
 ぶっきらぼうながら、気遣いが伝わってくる。
 そう、この同僚は言葉に長けていない。無口と言ってもいい。
 ありがたくいただいたのは、ビールではなく炭酸飲料だった。
「ビール……」
「…………」
 無言で睨まれてしまった。
「はいはい。……ありがと」
 ――プシュッ、と小さく、気持ち小さく音をたてて、ペットボトルをあけて、口にすると。

「なんかこれ、ぬるくない? いつからのものなの」

 なんて、軽い気持ちで抗議すると。
「会社出る時。あんた疲れた顔で、呼び出しくらってたから」
「え?」
 ふと、彼は時計を見て、ひとり納得する。
「ああ……もう二時間もたつのか。あんた、かなり長らく捕まってたんだな」
「もしかして。ほんとに仕事終わってから、ずっと……?」
「ん」
 …………。

「なんで、こんなところで待っててくれてんの!?」
 意味がわからない。

「会社じゃ、またあんたいびられるっしょ。『色目使った』とか言われかねない」
 …………。

 色々、言いたいことがあった。
 一つや二つではなく、もっともっとだ。
 ――けれど。
「ありがとう」
「礼は二回もいらないし」
 この、不器用な優しさというぬるい炭酸を味わうのも、悪くないかもしれない。
 ふと、笑みがこぼれた。

8/3/2025, 11:16:50 PM