匿名様

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白い、いくつもの小さな花弁がひらひらと羽ばたき、宙を踊る。
春を実感し、その光景を眺める貴方の髪が、風に吹かれて溶けていく。周りの花に馴染んで消えてしまいそうな優しい香りがした。
無意識のうちに身体を寄せようとして、止めた。
貴方には少し大きいブラウスが柔らかくその裾を揺らし、不思議そうにこちらを振り返った貴方に口を開きかけた。止めた。なんでもないとまた微笑んで誤魔化した。

貴方は天使なのかもしれない。
崇高で、美しく、この世界には相応しくない。
触れることも、声を掛けることすら毎度躊躇ってしまう。しかし隣にいたかった。
春に貴方を見ると不安になる。
よく似合いすぎているから。貴方のためにこの季節はあるのだと錯覚してしまう。春が終わったら、元からそこにはいなかったように丸ごと消えてしまうような気がして。

そんなことはないとわかっている。
どれもこれも、自分が勝手に見た幻想であり、一人で吐いた妄言だ。貴方は自分と同じ人間で、本当は手を伸ばすことだって容易で、いや、手を伸ばさなければこれは続かないと。わかっている。
一度かけてしまった色眼鏡はそう簡単に取れそうもなかった。
だからこそ気軽に貴方へとまり、その四枚の花弁を休ませられる一頭が異様に羨ましく映ったのだ。


【モンシロチョウ】

5/10/2023, 3:40:39 PM