るね

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長めです。1,000字程度。
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【哀愁を誘う】


ただでさえ小さな彼が背を丸めて泣く姿はあまりにも哀れだった。
「帰りたい……もういやだ……」
か細い声。
どうにかしてやりたかった。
でも私にはどうしようもなかった。

彼は勇者だった。
異世界から来て魔王を倒した。
剣を持って戦えば、小柄ながらもの凄く強い。
彼が魔王を倒したのは、この世界のためなんかじゃない。

ただただ、帰りたかったからだった。



彼を呼び出した国の王も魔術士も。
本当は帰る手段がないことを隠していた。

小さな彼を利用するために。
まだ幼ささえある少年を戦わせるために。
全て成し遂げれば帰れるかのように思わせた。



「帰りたい……白いご飯が食べたい」

白いご飯、がどんなものか、私は知らない。
でも、叶えてあげたかった。
少しずつ彼から情報を聞き出して、コメという穀物を使った主食だと知った。

コメを探した。
珍しい穀物があると聞けば取り寄せた。
使えるものは権力も金も人脈も使った。
酔狂だ我儘だと言われながら手を尽くした。

どうにかそれらしいものを見つけた。
少し違うと言われたから、品種改良にだって着手した。
幸い私は植物に干渉する魔法が得意だ。

コメの次はショーユ。
これは異国で似たものを手に入れた。
同じ国でミソを発見した時には、彼は喜んでぼろぼろ泣いた。
それはいつかの、哀愁を誘う泣き方とは違う涙だった。

コンブ、ワカメ、ノリを探した。
海藻を食べるという習慣自体に驚かされた。
カンテンが新たな名産品になった。
生魚を食べるというので心配した。

ニボシも作った。
ミソシルの完成度が上がったという。

気付けば、彼と私は世界中を旅していた。
いつからか彼は帰りたいと言わなくなった。

彼はいくらか背が伸びて、それでもやっぱり小柄だった。
小さな彼が実は年上だと知って、驚いた。
相変わらずもの凄く強い。



とある料理人と知り合って、勇者の故郷の料理を再現して振る舞う店を作った。
評判は上々。
食べたら強くなれるなんて噂が飛び交った。

ある日、私は恐る恐る聞いてみた。
「まだ、帰りたいですか?」
彼はもう泣かずに穏やかに笑った。
「どうかな……大事なものができたから」



彼から指輪をもらった。
私の左手の薬指に着けてくれた。
彼の故郷の風習だという。
どういう意味かと尋ねたら、彼は真っ赤になって恥ずかしがった。

「俺の帰る場所は、君になったんだ」



11/4/2024, 3:17:10 PM