結城斗永

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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は、実在するものとは一切関係ありません。
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人は誰しも秘密の一つや二つ持っている。
つい先日も政治家と建設会社の汚職が明らかになったばかりだし、人気の芸能人やアイドルも裏では何をしているか分からない。
もちろん俺にも、墓場まで持っていきたいような秘密はいくつもある。

だから、路地裏で『あなたの秘密買い取ります』という張り紙を見つけたときには、真実かどうかを疑う前に足が動いていた。

張り紙に記されていた一件の骨董品店に足を運ぶ。
恐る恐る店内に入ると、まずカビと埃の匂いが鼻をついた。中は薄暗く、外からの明かりで店内に並んだ骨董品の数々が照らされ、ぼんやりと輪郭が見える程度だった。
「どなたかいらっしゃいますか?」
俺の声が店の中に消えていく。暫しの沈黙のあと、薄暗がりの中からぬっと白くのっぺりとした女の顔が現れる。
「どうされました――?」
女の抑揚のない声に俺は思わず身じろぎして後ずさる。全身黒尽くめの服を着た女がそこにいた。
「あ、あの。貼り紙を見て……」
体勢を立て直し、言葉少なに目的を告げる。女は静かに俺を店の奥へと誘導した。

部屋の壁には戸棚が並び、その中に整然と小さな小瓶が置かれていた。中には黒くどんよりとした液体とも気体も判別つかない何かが溜り、一枚ずつ写真が添えられている。写真に写る人々は、皆一様に絶望に満ちた暗い表情をしている。

俺は女に導かれるまま、部屋の中央にあるリクライニングチェアに腰掛ける。女は向かいの小さなスツールに座り、ちょうど向かい合う形になる。
「秘密を買取ってくれるって本当ですか?」
俺が恐る恐る聞くと、女は静かに言う。
「ええ、本当ですよ。秘密をいただければ、あなたの中から秘密はなくなり、私のコレクションが一つ増える……」
「コレクション……?」
「ここにある小瓶はすべて私が買い取った秘密の数々です。どれも美しいでしょう?」
女の口だけで笑うような不気味な笑顔に、思わず背筋がゾクリとする。

「俺の秘密も買取ってほしいんです」
俺は女に秘密を打ち明ける。
――数日前、恋人の親友と酔った勢いで体の関係を持ってしまったこと……。
「ほぉ、これはまた」
女がまた口だけで笑う。

「少し時間がかかりますが、我慢してください」
契約が済むと、女は俺の頭にヘルメットのような奇妙な装置を取り付けた。複数の電極とコードが伸び、その先には小瓶がセットされた小さな機械が置かれている。
女が機械のスイッチをいれると、ヘルメットが小刻みに振動し、脳みそがグワングワンと揺れる。

「これで本当に秘密がなくなるんですか」
俺が心配になって問いかけると、女は自慢げに答える。
「ご心配なさらず。こう見えて大きな会社の社長さんや有名な方々もお相手して差し上げてますの。その世界ではそれなりに名が通ってますからご安心を……」

数分ほど頭を揺らされ続け、意識が朦朧としてくるが、あの一夜の記憶は一向に頭から消えてくれない。
「本当に……、大丈夫なんですか?」
「もうじきに終わります。初めは辛いですが、秘密がなくなったあとは、皆さん一様にスッキリした顔をなされますよ」
機械に目をやると、小瓶には確かに黒くどんよりとした何かが溜まっていた。

「この間ね――」女が静かに口を開く。「甕対建設の社長さんも、作業中ずっとあなたのように心配なさってましたよ……」
『甕対建設』――。最近汚職事件絡みで会見をしていた建設会社だ。――どういう……ことだ……。
朦朧とする意識の中で戸棚の隅にある甕対建設の社長の写真が目に入る。記者会見でしどろもどろになっている焦りの顔――。

「さぁ、終わりましたよ」
女の声で意識を取り戻した頃にはヘルメットも外され、頭の振動は収まっていた。しかし、あの記憶はまだ消えない。
「あの、消えてないんですが――」
「ご心配なさらず。あなたの秘密は――秘密でなくなりましたから」
女がそう告げた矢先、スマートフォンに着信が入る。恋人からだった。不安と恐怖が胸の中で音を立てて渦巻いていく。

「ねぇ、人の秘密が明るみに出た時の表情ってとても美しいと思わない?」
俺はその時すべてを理解した。そうか、それであの会見の写真……。彼女のコレクションは写真の方だったのか。
「さぁ、早く電話に出て。私のコレクションにあなたを加えてあげる」
そう言って女は恍惚に満ちた表情で、おもむろにカメラを構え始めた――。

#秘密の標本

11/2/2025, 10:55:55 PM