赤い糸
「俺の誕生日、何かほしいものない?」
そんなことを息子が言い出したのは、大学の入学式の日のことだ。
「誕生日って普通もらう日なんじゃない?」
息子には生まれつき発達障害があったが、結婚はせず、女手一つで成人まで育ててきた。
「そうだったっけ。でも、いいじゃない。何かほしいもの教えてよ」
息子が私に何かをしようとするなんてことは、今まで無かった事だ。
戸惑いつつ、内心は嬉しかった。
「そう?じゃあ手編みのマフラーでも編んでもらおうかしら」
冗談のつもりだった。
今はそんなものをする時期ではないし、まして手編みなんて。
「それがほしいもの?分かった」
そう言うと、息子はそれきりそのことを話題にすることはなかった。
--そして1ヶ月前後、息子の誕生日
「はい」
そう言って息子が私に紙袋を手渡した。
「なに?お菓子でも買ってきたの?」
ひどい話、私は1ヶ月前の息子の話を忘れてしまっていた。
「いいから、中見て」
息子はそう言って、じっと私の方を見ていた。
息子の行動に、私はようやく1ヶ月前の話を思い出し、そっと紙袋を空け、中を覗きこんだ。
中にあったのは、真っ赤な右手用の、小さなミトン。
私は袋の中に手を入れ、それを袋から取り出した。
「最初はマフラーのつもりで編んでたんだけど...ごめん、何度も間違えて糸が足りなくなって...それで、母さんいつも料理するとき使ってるからと思って」
そう言って息子は申し訳なさそうに、私から目を逸らした。
「そうなんだ」
それだけ言うと、私は息子を両手で強く抱き締めた。
と言うより、声に出すのはそれが精一杯だった。
「ごめんなさい」
突然抱きしめられ戸惑う息子を私はじっと見つめ、
「ありがとう。お母さん、すごく嬉しい」
と涙ながらに言葉を返した。
すると息子は、私の胸の中で、
「今日、母の日でしょ。誕生日でもあるけど、お祝いの日が重なってるから、何かしたいと思って」
と言い、私のことを抱きしめ返してきた。
今日が母の日なんて、忘れていた。
今日までそんな話、しなかったじゃない。
ギュッと抱きしめあった私の手の中には、不格好に形の歪んだ真っ赤な糸で甘れた、息子の愛情がたっぷりのこもったミトンが握りしめられていた。
6/30/2023, 2:13:40 PM