『20歳』
「私を口説きたいなら、大人になってから出直してきてくれる?」
成人年齢が引き下げられようと10代と20代では越えられない壁がある。
先に10代という少女時代を終えた彼女は、俺に対して明確に線を引いてきた。
だから俺は、二十歳になるまで彼女のことを口説くのをやめる。
つい最近まで少女だった彼女が、急に大人ぶったところで元が無垢で無防備だ。
あけすけな言葉で好意を示すことをやめただけある。
彼女にたかるよからぬ虫は、彼女の見えないところで徹底的に潰していった。
そうしているうちに迎えたハタチの誕生日。
駅前を歩いていると、黒い小さなポニーテールを揺らす彼女を見つけた。
見間違えるはずのない後ろ姿に思わず駆け出し、彼女の正面に回り込む。
「好きです」
彼女の前で久しぶりに口にしたその言葉はうれしさで震えた。
深々と頭を下げ、彼女に手を伸ばす。
「俺とつき合ってくれませんか?」
「ヤダ」
ヤダッ!?
なんでっ!?
迷いのない返事に、腰を折ったまま顔を上げた。
相変わらずの澄まし顔で彼女は俺を見下ろしている。
ハタチになったのにっ!?
話が違うっ!?
狼狽える俺の横を通り抜けて、彼女は人混みの中に消えていった。
*
そんな俺も、今では21歳になった。
ハタチになったからといって、彼女とすぐに交際を始められたわけではない。
だが、数と勢いで告白を重ね、ようやく、互いの家で寝泊まりする仲にまで進展した。
どうして彼女が俺とつき合う気になったのかはわからない。
彼女の好意の矢印は、確実に俺に向いていた。
その事実だけあれば理由なんて必要ない。
「シャワーありがとうございます」
シャワーから戻ると、リビングの電気はついているのに彼女の姿が見当たらなかった。
「あれ?」
もう寝たのかな?
夕食をすませたあと、彼女は先に寝支度を整えていた。
リビングの電気とエアコンを消し、そっと寝室の扉を開ける。
彼女は頭から爪先まで、もこもこと上質な羽毛布団ですっぽりと覆っていた。
ベッドの端に腰をかけて、驚かせないように声をかける。
「もう、寝るんです?」
「ごめん、向こう寒くて」
「え?」
リビングのエアコンはきちんと効いていたはずだ。
体調を崩す前触れなのか。
深く毛布を被る彼女の額に手を当てがった。
今のところ、熱はなさそうである。
「温かいミルクかなにか作りましょうか?」
「んーん。いらない」
「必要ならカイロとか買いに行きますけど?」
「大丈夫」
「……そうですか?」
首を横に振り続ける彼女の隣に潜り込む。
少し照れくさそうにした彼女が、背中を向けた。
俺には少し窮屈なベッドの中で、彼女の腰を抱きしめる。
俺の腕に乗せられた彼女の手や、絡む足先がいつもより冷えていた。
人肌程度だが彼女と隙間なく密着する。
「んん」
柔らかな腹の上で指を遊ばせていたら、彼女がくすぐったさそうに身を捩った。
「あんまり、指、動かさないで」
「すみません。ちょっと寂しくて」
小さな彼女の背中に頬を擦りつけて、わざとらしく甘えてみる。
「こっち、向いてくれませんか?」
「ん……」
焦ったいほどゆっくりと俺に向き直った彼女は、顔を伏せて視線を逸らした。
気恥ずかしそうに頬を染めて、俺の一挙一動を意識しすぎて体に力が入っている。
「れーじくんがあったかいから平気」
「……」
そんな反応されたら、俺も我慢できなくなりそうだ。
くっついているせいか、確実に迫り上がる下心を必死に追い出す。
「……本格的に具合が悪くなったらちゃんと言ってください」
「私、風邪とか引いたことないから大丈夫」
「え、それは凄くないですか?」
「ふふっ、でしょでしょ?」
屈託のない無防備な笑顔にトスッと恋の矢が刺さった。
つき合い始めて以降、彼女は俺にいろいろな表情を見せてくれる。
反応がいちいち子どもっぽくて目が離せなくなった。
かと思えば、先ほどのように頬を染めて熱を孕んだ瞳を伏せ、女性の顔を覗かせる。
彼女が許してくれる境界線が曖昧になっていく幸せを、俺は噛みしめた。
1/11/2026, 8:07:22 AM