どこか見覚えのあるその少年は、錆びてボロボロになった手すりの上から、ただ静かに水面に揺れる銀波を見下ろしていた。
十歳前後のあどけなさを残した柔らかな輪郭に埋め込まれている二つの瞳は、この世の悲しみやら不条理やら……とにかく、闇といったら思いつく物事総てをミキサーにかけ、その液体をそのまま眼窩に入れたかのように真っ黒で、ぼーっとした彼自身の表情も相まって生気を感じなかった。
そんな可愛げとは無縁の子供は、濁った水面下で大口を開けて絶望に耐えかねた彼が飛び込んで来るのを今か今かと待っている魔物をただ静かに見下ろしていた。
……あぁ、あの時はただひたすらに毎日が苦しかったよな。覚えているさ。あの夜も家に帰れず、いつも通りきらきらと輝く街をあてもなく歩き回っていたんだ。
そんな時に、その世界は見えた。
俺を終わらせてあげるって、逃してあげるって、ゆらゆらと誘惑してくる、おぞましくて魅力的な世界。
幼い俺は迷わずそこに足を踏み入れた。
……結局、幻想は幻想でしかなく、元の世界で人生は続き、今の冴えない俺に繋がると……ざまぁないな、あはは。
しかしまぁ、生きていればなんとかなってしまうものだ。今ではその体験さえも笑いながら小説や雑談のネタにしてしまっている事実が、我ながら恐ろしい。
あそこで終わらないで良かった。終わらせないで良かった。
意外と幸せなのだ、今の俺は。
終わらせないで
11/28/2022, 12:55:07 PM