Mey

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R15
自死の記述あり


ねえ。まだ自分のことを俺のセフレだと思ってる?
白いシーツに包まれて穏やかな寝息を立てる隣の女の艶やかな黒髪を一房掬い上げて口づける。

俺が「遊び人」と周囲から評価されていることは知ってる。
それを利用して人恋しくなっていたキミの肌に触れたのは俺。

でもさ、そろそろ「遊び人」のレッテルも「セフレ」のレッテルも剥がしてくれても良いんじゃない?
キミのこと、ずっと目で追っているから、キミに近づく男を追い払えるんだよ?


キミの魅力には、最初から気がついてたよ。
キミが大学のキャンパスで、黒い眼鏡をかけて休憩時間に小説を読んでいた頃から。
木陰のベンチで読書するキミの横顔はいつも物語に惹き込まれていた。微笑んでいたり、涙を拭っていたり、考え込んでいたり。


俺が初めて喋りかけた日は天気雨だったね。
少し離れたところからキミを見つめていたら急に雨が降り出して、俺は雨宿りするフリをしてキミのいる木陰に走って滑り込んだ。
キミは会釈した後、ハードカバーをハンカチで丁寧に拭ってた。
雨が香る。雨が降る明るい空が景色を輝かせる。
キミが横髪を耳にかけると色白の柔らかそうな肌と、淡いピンク色のリップが目に入った。
その仕草に見惚れて、恋してることを知った。

「本、大丈夫そう?」
「あ、うん」
キミの落ち着いた雰囲気に合わせて、ポツリポツリとキミに話しかける。
キミが今読んでる本は昔映画化された原作だと教えてくれた。
俺はその日のうちに映画作品を視聴できるアプリ会員に登録してタブレットで視聴した。
初めて知る世界はそれなりに面白くて、でも、今、キミが隣にいたら良いなと思いながら缶ビールが減っていった。



ベッドルームに朝陽が差す。
キミはふるりと長い睫毛を震わせて目を開けた。

「おはよう」
俺が笑うとキミは顔を背けて「今何時?」とベッドフレームのスマホを探し始める。

スマホをキミに探させたまま、耳、首筋、肩…柔らかなキスを繰り返す。指は触れるか触れないかの強さで柔やわとキスの後を辿っていく。
キミは口元に手を当てたけれど、隠しきれない吐息が熱く乱れていく。

「どうして我慢するの?」
「だって、朝からなんて、」
「時間なんて関係ないよ」


俺を恋人だと認めたくないのなら、

外せない蔦を絡めてあげる。
甘やかな棘で刺してあげる。


キスをさせてくれない酷い女。

他界した元カレを忘れられない憐れな女。


キミと俺がキャンパスの木陰のベンチで会話するようになってから、キミの元恋人---俺の親友が俺たちの会話に加わるようになった。
3人で遊びに行くようになって、何度も3人で遊びに行って、そしてキミの心は親友に傾いていった。

俺の前で笑い合う2人。
小説が映画化されたと、映画館デートを約束する2人。
一緒に観に行って良かったと、感想を言い合う2人。

首に浮かぶ鮮やかなキスマーク。



もう、どうでも良いや。
それからは、木陰のベンチに行かなくなった。

飲み会で誘われるまま女の肩を抱き、肌を重ねた。

キャンパスで会うキミは、俺に心配そうな視線を投げた。

LINEで大丈夫かと問いかけられて、ホテルに誘ってみた。
それ以降、LINEが送られてくることはなかった。



親友は、俺の気持ちに気づいていた。

「ごめん。でも、アイツだけは譲れないから」
「そりゃそうだろ。俺だってそうするよ」

頭を下げた親友の肩を叩いてキャンパスを後にする。
天気雨が俺の顔を濡らす。

濡れたまま歩く俺を人々が足早に追い抜いていく。
水溜りの飛沫が俺の脚元を濡らして、カーキのズボンに濃いシミを作った。


「何で歩いているかなあ」

呆れたような声に視線を向けると、何度か肌を重ねた女が俺に傘を差し掛けようとしていた。
長い黒髪の眼鏡、色白の小柄な女。キミに外見が似ている女。

「雨、気持ち良いからさ」
「そう?」
女が傘を閉じて、俺は慌てた。
「待て待て、結構降ってるぞ?」
「気持ち良いって言ったじゃん」
「言ったけどさあ」

会話だけは軽やかに、女は俺のペースに合わせて早歩きをしてくれているんだと気づいた。

「俺とさ。彼氏ができるまで付き合ってくれない?」
「それって、セフレじゃなくってこと?」
「そう。男女交際の方」
瞳をまん丸にして、俺を見上げた。
「唐突だね。まあ良いけど」

女の目の前でセフレをブロックして、女との交際は3年ほど続いた。

キミから再び連絡が来るまで。



キミから呼び出されて向かった先は大きな大学病院だった。
痩せ細った親友が、ベッドに横たわって点滴に繋がれていた。

「俺さ、癌なんだ。若いから進行が速いんだって。余命数ヶ月ってとこ」
か細く聴き取りにくいけれど、親友は気丈に話した。
親友が癌になったことも、余命数ヶ月だということも、信じたくないのに、親友の痩せ細った姿が現実を突きつける。

「また来るから」
碌に会話もせずに約束だけを残して、病室のドアを後ろ手に閉める。
信じられない。信じたくない。
指先が冷たくなって小刻みに震えている。



その後、何度か病室へ通った。
キミも気丈も親友に付き添っていた。

キミは会うたびに顔色が悪くなって、痩せていった。



---親友は自ら命を絶ってしまった



遺書はキミと俺と両親に宛てられた3通。
「彼女を頼む」

たった5文字の最期の願い。
彼女なんて書くなよ。
ずっとオマエのモノみたいじゃん。


棺の中の親友は癌の疼痛に歪んでいた表情が嘘みたいに穏やかに眠っているよう。
泣きじゃくるキミを抱き寄せて、俺も泣いた。
そんなことしかできなかった。


頼まれても無理だよ。
俺には、無理だよ。



キミとの再会は、親友の墓前。親友の誕生日だった。
花を手向け、線香を焚いて手を合わせるキミの横顔は白過ぎて、リップには彩がのっていなかった。

透き通って消えてしまうかと思うほど儚げな姿が痛々しくて俺は目を背けた。

墓前から離れた背中も手脚も細過ぎて、やっぱり目を背けた。

「この後、用事ある?ないならなんか食いに行く?」
「私…あんまり食べれないから、ごめんね」

あんまり食べてないだろうこと、行かないという意思表示は予想通りと言えばそうだった。

「じゃ、一緒に眠るか。俺、実はあんまり眠れてないんだ。キミも、だろ?」
「うん…」

俺の部屋へ連れて行き、肩を寄せ合って寝転んだ。
一つの布団を分け合って、緩く抱き寄せた。
声を殺して泣くキミの背中を摩った。
眠っても、キミの頬には涙が流れた。

いっそう強く、抱きしめた。


翌朝、キミは僕が焚いた白米を食べてくれた。目玉焼きしか作れないと言うと、キミは卵焼きを作ってくれた。
美味しいって笑える俺たちは、少しだけ前に進めた気がした。



肩を寄せ合い眠る夜が、肌を重ねて寝る夜に変わる。
吐息を漏らし、汗ばむ体躯を揺らす夜になる。

キスはいつも手で覆われて、唇へ届かない。



身体は開けるのに、心は開けない女。




愛する、それ故に、
本当の俺はキミの心を欲しがっている。




愛する、それ故に

10/9/2025, 10:11:50 AM