『遠くの声』
ある日、家で本を読んでいると、どこかから声が聞こえた。
「おーい」
ん?と思い部屋の中を見渡すが誰もいない。
それはそうだ。今日は両親は親戚の家に行っていて、帰りは夜になると言っていたのだから。
気のせいか。外の音だったのかな。
するとまた聞こえた。
「おーーーい」
え、なに怖い。誰かいる?どこから?
もう一度部屋を見渡して、二度見した。押入れの襖が少し開いていて、そこから、たぶん10cmくらい?のおじさんが覗いていたのだ。
おじさんだ。マジか。小さいおじさんだ。
確実に目が合ったが、ついと目をそらしてしまった。するとおじさんは苛立ったように叫んだ。
「おい!こっち見ただろ!見なかったことにするんじゃねぇ!ちょっと助けてくれよ!」
うわ、やっぱりいるんだ。
目の前にいるのにいまいち信じられない。おそるおそる押入れのおじさんに近付いた。
「わりぃな!なんかわかんねぇけど動けねぇんだよ!これちょっとどかしてくれよぉ。」
見ると、押入れの座布団におじさんの足が挟まっている。座布団を少し手で押し上げると、押入れの床に小さなささくれのようなトゲが出ていて、おじさんのズボンに引っ掛かっていた。
ズボンをトゲから外してやると、おじさんは上機嫌になってお礼を言った。顔も赤く、どういうわけなのか、ちょっと酔っぱらってるみたいだった。
「あー助かった!ありがとなぁ!」
続けて、僕が飲んでいたペットボトルの水を指差して言った。
「ついでと言っちゃなんだが、そこの水を少しわけてくれねぇか?」
図々しいおじさんだ。
とは思ったが、言われるままにペットボトルのキャップに水を少し入れ、おじさんに手渡した。
おじさんは洗面器みたいにキャップを持ち、ごくごくと水を飲み干した。
「はー、生き返ったー!本当にありがとなぁ。親切な兄ちゃん、これから良いことあるぞぉ。」
そう言って、おじさんはまだ少し酔いが残った足取りで部屋から廊下へと出ていってしまった。
呆然としていた僕は、はっと我に返り、すぐに廊下を見てみたけれど、おじさんはもうどこにもいなかった。
夢?いや、でも確かに…
振り返ると、押入れのそばにはペットボトルのキャップ。確かにおじさんがいたことを感じさせた。
あれから1ヶ月、おじさんは現れない。おじさんの言った通り良いことはあった…のかどうか、正直僕にもわからない。
あのおじさん、酔っ払ってたしな。適当なこと言っただけだったのかも。
でも…また会ってみたいな。
「兄ちゃん、またなー」
遠くでおじさんの声が聞こえた気がした。
4/16/2025, 1:28:15 PM